翻刻
此大河荒瀬の水の止まることはよもあらし
しかりといへとも瀬音なく小川の流れ一切絶たり
何にもせよと不審晴やらす思案決せす生る
心地も無ほとなり亥の刻過にし頃月しろに
能〻すかして見るに案にたかはす犀川の
流れ一切絶たれは此大河何れへか廻りて押
出すらんなととやかくいへとも夜中の事なれは其
よし見定めかたし何にもせよ高きかたに逃
去るの外に思慮なし早〻立退て急災
遁るべしと言へも果すわれや先人にや
後れしものをと狂気の如く狼狽騒く事
尤なりし次第爰におゐて大切なる我か家の
跡戸をひとつ引寄る者もなく打寄〳〵評義の
場所より跡振返り見る者なく小松原岡田
の山にそ逃のひける折しも鳴動止まされは
地にひれ臥して天を拝し一心不乱に念仏
唱ひ明け行空をそ待わひけるか此大河を
止むるともいかてか一夜を保つへき今にも
水の押来らは家居土蔵は言も更なりいか
なる大難を発すへしとみぢんもこゝろ