翻刻
出申候此山ハ至て高く頂には常に雪有之候得共硫黄の性にて
皆湧カヘリ候趣依之金ヲ堀候処ハ至て暖気に御座候万国人
寄合三所故博奕盛ニ被行候大に勝候もの懐鉄炮にて打殺
サレ候事も有之由此山中には虎ヲ見申候七十日計逗留金
《割書:
―本ノマ落字有べし》
銀相応ニ此金山今ヨリ五年前北アメリカ」と「メキシコ」ト境論
有之遂に合戦に及候其節水車ヲ仕掛ケ候て彼川下ヲ堀候時
沙金夥敷見出シ候ニ付事済候而後諸国へ触出シ勝手に堀
取へき旨ニツキ夫ゟ只今ノ通り金山繁昌ニ相成西洋ゟ往来不
仕国も無之清国人も多く便船を以往来致し候扨本ノ如ク「セソリ
マン」ヨリ「サンフラセシコ」へ帰り本船へ乗十月下旬「ウツホ」ノ「ハナロ」
に着船此処にて帰国ノ志決定詩仕り寅右衛門方へ尋行候処
大工ノ手伝致し罷在り相応ノ暮シ方ニ而馴染ノ人も数多出来候由
伝蔵五右衛門ハ五里計隔り「ウリ〳〵」と申所に百姓働いたし
居候趣ニ付人ヲ雇呼寄候処早速来会夫ゟ四人帰/国(コク)の相
談申合候《割書:時ニ戌年十月天保十二丑年
漂流ヨリ十年目ナリ》此時万次郎「ハナロ港へ
米利幹船入津日本人数人乗合有之旨聞及候ニ付急キ