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織田信長の軍建陣取の模様も能々見
覚て居るに軍といふものハ大事の物
で軍師名臣ならでハならぬものじや
唐にてハ譬下賤の農夫たり共軍学ニ
達し智有ものを撰て軍師大将
に命して合戦をする故に周の武王
は太公望をかゝへ呉王は孫子を軍
師にし漢の高祖は張良韓信を抱
蜀の玄徳は臥龍山へ雪中に三度
足を歩んて諸葛孔明を頼て軍師
とし是等は皆下々より軍学に達し
たる者を用ひ国家を治めて萬代に
名を残す吾国は高位高禄の人下に
寄事を恥とする国風故に農夫野夫
にも軍学に達したる智あるものをい
つれなりとも是等を用る事をせず頗る
御用に立ものも埋れ木となるたとへハ信玄
公にて名将有し山本勘助を見出し
軍師として侍七拾五人を預け又秀
吉公は下々の内より勇士ニ成べき
ものを撰ミて古今ニあらはしたる加藤
福島蜂須賀を初として末代ニ名を