← 前のページ
ページ 81 / 104
次のページ →
翻刻
平坂なるもの学所にありつる鍋嶋家の御内
人何某とかいへるは其親しきものヽ病ミと
らんと朔日の朝其御やしきニ帰りしかあくる
夜梁にしかれ立出べくもあらねは聲
をかけ人をよへるに火出来て救へき
すべなければ人々のいまはおもひきれよと
云すてゝ泣々も立去しか火しつまりて見
れは太刀をにぎり死しゐたりしにそ
扠は腹や切てけんなと云ものゝありしと
同し人のかたりても此御家にのミ死失せた
るもの三十五人とそか御内人木原善四郎
より聞ぬまたいつれの御家にやありけん士共
廿五人二日の暮過る頃国より爰に来りし
か生たるもの只ひとりの外はあらて毛利
の御家にては君のあすハやしきにつかせ
られんと武蔵の藤澤にやとらせられ御先
の人々の御門まて来し折しもかの禍して
鍋嶋の御家より火移しかは其さわき
いはんかたなかりしに死うせたるものも
三十二人侍ると其御内人小倉健作語りぬ
柳澤の御家は定府てふもの多き御なら
ハしなりけれハ女童のミなりつるに門々ミな
かたふき貫ぬきうこかさるより長屋の
窓をぬけ出て屏を躍越辛くして