翻刻
尋まほしく思へとも西より東にとをるはありなから東より
西へ来れる人更になかりけりやう〳〵完路の中山まて
帰り来れるに向より旅人来れるほとに問尋ぬるに
松江さのみかはる事不承といへるに少し落ゐたりさて
ひた急にいそきて夕つ方家に帰り来れるにかたみに
無事をよろこへり為泰はよそにありて家の事を
おもひ家人は為泰か地さけて落入ともせさりしやと
思ひしもことわり也けり此時に
あらかねの地や此頃動なき御代にかはりてゆるへそめけん
とよめりしと紀伊木の国長沢伴雄方へ言遣しけれは
かなたはこなたに増りてふるへるよしいひて其時に
震さやく竹の下ふしよもすから身さへ家さへふるひのみして
とはよめりと言おこせたりき扨此地震は東国ことに
強くふるひしと見へて翌三年辰春二月松江を
出て武蔵国本牧へ行し時乗坂の松原ころひかへりし
を見て驚きつゝ行道すから殊に駿河路の駅々
大かたに砕け潰れたる跡広野とあれはてゝ目もあて
られぬありさまなりけり又沼津城の石垣崩れたる
を見府中殊にあれにけるを見或は其時の事とも
聞にあはれ至極の事になん今年本牧陣にあり