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コレクション: コレクション3

種痘活人十全辯 - 翻刻

種痘活人十全辯 - ページ 6

ページ: 6

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村は二三十人。大村は五六十人。漸次(だん〳〵)に国中へ蔓延(まんゑん)【左ルビ「ひろまり」】し て止ざるときは。此後死する者 幾許(いくばく)か知るへからず。 斯(かく)の如くなれは卒(にはか)に人民を減少(げんせう)し。国家の彊弱(きやうじやく)にも 預(あづか)る事なれは。医業を業とする者は勿論。有志者(こゝろあるもの)は力 を竭(つくし)思を覃(ふこう)して。救急(きう〳〵)【左ルビ「なんをすくふ」】の法を精究(せいきう)【左ルビ「くわしくきはむる」】せずんはあるべか らず。然れ共痘瘡の逆証は。神丹妙薬も効を奏せず。昔(せき) 賢(けん)先哲(せんてつ)も匕(さじ)を投(な)げ手を束(つか)ねて。古今不治の者と決(けつ)す れは。余が輩(ともがら)の救(すく)ふべきにあらず。近世 種痘(うゑはうそう)の法あり。 未病(みびやう)の小児に施して。流行の痘瘡を免(まぬ)かれしむる事。 百発百中にして。一も失策(まちがい)なし。険(さかしき)を去て夷(たいらか)なるを履(ふ) み。危(あやふき)を避(さけ)て易(やすき)に就(つく)事 掌(たなこゝろ)を指が如し。実に人を活(くはつ)し世 を救(すく)ふの良法なり。医道 闢(ひらけ)て以来此 術(じゆつ)の右に出るの 治術なし。其術は鼻(はな)に種(うゆ)ると臑(うで)に種るの二法あり。鼻 に種るは唐山(から)に始り。臑に種るは阿蘭陀(おらんだ)に始りて行 るゝこと已に久し。他方へも其法を伝へて。今は諸国 一般(いつはん)に行はれり。我邦へも唐山(から)より李(り)仁山(ぢんさん)と云者来 りて鼻に種るの法を伝へ。阿蘭陀(おらんだ)より悉以勃児都(しいほると)と 云者来て臑に種るの術を教(をし)へたり。故に我邦にては 二法並行る。初九州より起り中国に及び。今は関東迄 も行るゝ様になれり。種痘家も多く起りたれ共。就中(なかんづく)