翻刻
ものは一人もなし。実に活人十全の良法なり。然れ共
囂々(けう〳〵)【左ルビ「うるさし」】として誹謗(ひはう)【左ルビ「そしる」】する者の多きは。人情世態(にんじやうせいたい)【左ルビ「よのありさま」】の常にし
て怪(あやし)むに足らず。 本邦(わがくに)には限らす阿蘭陀(おらんだ)及び唐山(から)
にても種痘を唱(とな)へ始(はじ)めたる頃(ころ)は。誹謗(ひはう)する者多く。種
痘にて死せし者。此(こゝに)も彼(かしこ)にもありと云ひ。或は後に再
感して死せりと云ひ。根もなき事を流言せり。然れ共
邪は正(せい)にかたずして。種痘 盛(さかん)に行れ。流言は自然に止
みたると阿蘭陀の書並に唐山(から)の書に見へたり。余天
保十三年 壬寅(みづのえとら)の冬。江戸より我常陸に帰り種痘する
に。亦 誹謗(ひはう)【左ルビ「そしり」】排斥(はいせき)【左ルビ「しりぞける」】者多くして。再感する者ありと云ひ。亦
死せしものありと云 流(ふらす)ども。細(こまか)に捜索(ぎんみ)するに。再感せ
しものは一人もなし。再感のなき事は。五百年来 昔賢(せきけん)
先哲(せんてつ)の歴験(れきけん)して決定(けつじやう)したる事にて。今 弁(べん)するに及は
ぬことなれ共。今一言にて其 疑(うたがい)を解(と)くへき事あり。試(こゝろみ)
に自然痘(はやりはうそう)を患(うれ)ひたる人へ種痘するに。決(けつ)して伝染(でんせん)せ
ず。又種痘のすみたる人へ再び種痘するに。決して伝
染せず。此一事にて再感のなき理を知るに足れり。此
迄種痘したる六百人は姑(しはら)く置(おき)て余か第五男初生の
時。種痘を施し。今年七歳になり。其間に痘瘡 四度(よたび)行は
れたれ共再感せず。若し一人も再感したる者あらば。