翻刻
立(たちどころ)に後悔して罪を謝(しや)すべし。余 愚慮(くりよ)するに。流行痘(はやりはうそう)は
百人の者なれは。其中三十人は逆痘にて必す死し。三
十人は険痘にて死を免るゝも。婚姻(ゑんぐみ)に障(さわ)る程の麻面(あばた)
になり。或は盲(めしい)となり或は聾(つんぼ)となり。或は筋(すぢ)を縮(つめ)て不
自由になり。加之(しかのみ)ならず痘前痘中の心配。死亡の歎(なげ)き。
医 薬(やく)祈祷(きとう)及ひ送葬等の費あり。三十人は順痘なれ共。
医師を招き祈祷を行ひ一と躁ぎせざれはならず。実
の軽痘は僅に十人のみ。自然痘を種痘に比すれば。其
優劣(ゆうれつ)同日の論にあらず。今十全良法の種痘を用ひず
して。険(けん)逆(きやく)の流行痘を待つは。夷(たいらか)なるを見ながら険(さかしき)を
履(ふ)み。易(やすき)を知れども危(あやふき)に就(つく)なり。人の父母たる者此 理(り)
を知らざれば生育(せいいく)の恩(おん)を闕(かく)に似(に)たり。徒(いたづら)に私意を放(ほしいまゝ)
にし是非を察せず。妄(みだり)に誹謗(ひほう)する者は強(しい)て咎(とが)むべか
らず。聡明(そうめい)の君子 熟慮(じゆくりよ)して。余か言(こと)の誣(しい)ざることを知
り。力(ちから)を戮(あは)せて此術を広(ひろ)めたらんには。天下万民の大
幸とも云べきか。今眼前に逆痘を患ふる者 月(つき〳〵)に多く。
死亡する者日に夥(おび)たゝし。されば区々(くゝ)の婆心(ばしん)已む事
を得ず。因(よつ)て自然痘の大害を述へ。種痘の良法たる事
を弁ず。清朝の名医徐大椿の言に。毎年逆痘流行し嬰(ゑい)【左ルビ「こ」】
孩(がい)【左ルビ「ども」】の死亡する者甚多し。近世種痘の術出てゝこの厄を