翻刻
に彼(かの)士(わむらひ)は加役(かやく)申つけられ何かといとまなく暫(しばらく)は
此 沙汰(さた)は止(や)みぬされは横(よこ)さまの金子むさぼり忽(たちまち)富(ふう)
貴(き)なる門(かど)は鬼(おに)是(これ)をにくみ且(かつ)天道(てんとう)はみてるを昃(かく)断(ことはり)
なれは其年の夏(なつ)の末(すへ)に五平次がなす事大小に
よらず仕合あしく博奕(ばくゑき)の術(しゆつ)も運尽(うんつき)ぬる時は思ふ
図(づ)にあたらすたくはへし金銀 勝負(せうぶ)の賭(ため)にとられ
残(のこ)るは資財(しざい)田畑(でんばた)のみにてありしを是もいく程なく売(うり)
代(しろ)なし其金子さへ尽果(つきはて)たりわづか三年の間 盛衰(せいすい)
手のうら返(かへ)せりかゝりしかば毎度(まいと)口入せし金子とて
ありもあられぬもの迄(まて)〆高(しめたか)にして都合(つがう)金高
十五両の書付浪人方へ持参し催促(さいそく)きびしく毎日(まいにち)
来りて乞(こひ)けれは一旦は申 延(のべ)置(おき)ぬれど一 銭(せん)の心当
なくされど打捨(うちすて)置(おく)べきにも言訳(いひわけ)なし妻子(さいし) ̄ニ 向(むかひ)ひ申
けるは五平次方より一たび恩(おん)に成たる金子 返弁(へんへん)
せずしては武士(ぶし)たゝず左文字(さもじ)の刀(かたな)売なば価(あたひ)心
やすく立(たつ)べけれ共 他(た)へ渡(わた)しては先祖(せんぞ)へ不孝(ふこう)且(かつ)又(また)
我(わが)手にかけたるものゝ魂(たましひ)しる事あらばいとゝ恨(うらみ)
深(ふか)かるべし此(この)刀(かたな)は一 命(めい)にかへても放(はな)すべからず難義(なんぎ)
を救(すく)ふ一つの孝行(かう〳〵)と思ひ傾城(けいせい)の勤(つとめ)奉公(ほうこう)して五平次
方へ金子をつくのひくれよと落涙(らくるい)して語(かた)りけ