翻刻
公(こう)に出されんとならば我等(われら)取斗(とりはからひ)いかやう共 致(いた)さん
とはや己(おのれ)が欲心(よくしん)にまかせて身の代の内むさぼらん
とてしける浪人も情(なさけ)なき口上いと口惜(くちをしく)くは思へと
さしあたり彼(かれ)がもの負(おゐ)しかなしさ返答(へんとう)もなく思(し)
案(あん)を廻(めぐ)らし見申さんとさりげなくいひ金子は当月
中 待(まち)給へといろ〳〵断(ことはり)て帰(かへ)しいかゞせんと此 工夫(くふう)にはら
わたをたち思ひ廻(めぐ)らすに浪人の住家(じうか)より十四五丁
もへたでし所に伝蔵(でんざう)といへる百姓(ひやくしやう)ありむかしは宜(よろしき)き
者(もの)にて奴僕(ぬぼく)も相応(さうをう)に仕(つか)ひて一弐とゆび折(をり)のもの
なりしが日損(ひそん)水難(すいなん)打(うち)つゞきたる横(おふ)なんにて次第(しだひ)
に貧(まず)しくなりて今はわづかの田畑(でんばた)にてやう〳〵壱人
住(すみ)のさびしき夕部(ゆふべ)も心のみさほきよきなかれに手水(てうづ)
し神仏(かみほとけ)を尊(たつとみ)何事(なにこと)も前世(ぜんせ)よりの約束(やくそく)とわかき
心に世を思ひとりて疏食(そしい)をくらひ水(みず)をのみうたゝ
ねの木枕(きまくら)に不才(ふさい)ながらも不義(ふぎ)の名(な)をいとひて心
さしひなの中にも情(なさけ)ふかきもの也いにしへのゆかり
にや人もさのみ下にも見ず末(すへ)たのもしき人と村中(むらぢう)
にてあはれがりけるいまだはたとせのうへは二つ斗
にもや成なんいときよらかにたほやかなる男(おとこ)つき
なり前世(ぜんせ)のむすび薄(うす)からぬえにしにや此浪人の