翻刻
おくりしに此度五平次が難渋(なんじう)に浪人大方ならずくつた
くしていかゞせんとのみあんじわづらふよし伝蔵つたへ聞(きゝ)
いかなる難義(なんぎ)ありて此身を果(はた)すはおさいが為にすてん命(いのち)
露(つゆ)もおしからず年頃(としごろ)よそながらさへ此まことを見せてと
思ひしに今(いま)は身(み)にとりて何かいとはんさのみやはと夜(よ)
更(ふけ)人しづまりて彼(かの)浪人の元(もと)へ行(ゆき)そこつにもや思し召ん
がわが身しか〳〵の事にて御 息女(そくぢよ)へ人しれず心をかけ候
へとも去(さり)し頃(ころ)義理(ぎり)ある返(かへ)しに理(ことはり)りを思ひ取(とり)其後(そのゝち)は
たえてたはふれ言(こと)をさへ申入ず道(みち)をたてゝ過(すご)せし
年月(ねんげつ)あはれと御おしはかり被下かしと神(かみ)かけていつはり
ならぬさまおもてにあらはれていひければ浪人も嬉(うれ)しく
力(ちから)を得(ゑ)て心(こゝろ)とけぬさて此度の御事 私(わたくし)御 息女(そくぢよ)を伴(ともな)ひ
江戸(ゑど)吉原(よしはら)とやらんへ参(まいり)しるべを頼(たの)みともかくもはからひ
候はんまゝ御心安かるべしと涙(なみだ)をながして申ける浪人
悦(よろこ)び密(ひそか)に娘 支度(したく)させ元来(もとより)人目(ひとめ)忍(しの)ぶ事なれはつ
きしなき名残(なごり)のかず〳〵もいとそこ〳〵になして夜(よ)の内
に所を出はなれよとて出たゝせたりこの心づかひいはんも
さら也かくて伝蔵かひ〳〵敷(しく)道中(どうちう)何(なに)かと心(こゝろ)をつくし
こま〳〵誠(まこと)をあらはして程(ほど)なく江戸にいたり吉原(よしはら)に知(しる)る
人ありて娘(むすめ)を勤奉公(つとめほうこう)させたきよし頼(たの)みそれはいと