翻刻
ねんごろに世話(せわ)して則(すなはち)五ケ年に金廿五両の給分(きうぶん)にて
済(すま)し早々(そう〳〵)帰(かへ)りて安堵(あんど)させんとて上下十日に帰(かへり)り着(つき)
て右の次第(しだひ)細(こまか)にかたり金子取出し父母へ渡(わた)しぬ悲(かな)
敷(しき)中にも悦(よろこ)びて其内十五両五平次にかへして安(あん)
堵(ど)ながらも手(て)をうしなへる心地(こゝち)して老(おひ)のたよりも
なく朝夕(あさゆふ)なき人をこふることく夫婦(ふうふ)涙(なみだ)のたねとは
成(なり)ぬ五平次此金 受取(うけとり)一 ̄ト まふけせんと思ひ例(れい)の
よこしまなる勝負(しやうぶ)にかゝりて廿日も立さるに十五両
なくなりぬ是(これ)より後(のち)は身の置所(おきところ)なくいろ〳〵の悪業(あくげう)
をぞ工(たく)みける此年もくれて春(はる)になりけれは五平次
彼(かの)入魂(しゆつこん)の士(さむらひ)をひそかに招(まね)き領主(りやうしゆ)先年(せんねん)御尋の左文字(さもし)
の刀(かたな)御 求(もとめ)なくはくつけう一の事(こと)をこそあんじ出したり
貴方は新参(しんざん)の人にて在所(ざいしよ)に余(あま)り見しりたるもの
もなし彼(か)の浪人にうたれたるものゝ子(こ)と名乗(なのり)て
敵討(かたきうち)と号(ごう)し浪人を打(うち)給へ其上にて刀(かたな)をばひとり
領主(りやうしゆ)へ差上(さしあげ)代金 配分(はいぶん)せんといひ合せけれは誠(まこと)に
同気(どうき)相求(あいもとむ)のならひ彼(かの)侍(さむらひ)悦(よろこ)びて領掌(りやうじやう)しかたき打(うち)は
天下(てんか)の御ゆるし誰(たれ)かとがむるものあらん彼(かの)刀(かたな)を一両月
過(すぎ)は時(とき)を見て領主(りやうしゆ)差上(さしあげ)なば人しれぬ徳分(とくぶん)成(なる)べ
しと悦(よろこ)びしは誠(まこと)に強悪(きやうあく)熾盛(しきせい)【ママ、熾盛=しせい】の族(やから)と云(いひ)つべし