翻刻
秋(あき)の日山 間(あい)に落(おち)て風ひやゝかに山かつも帰る頃(ころ)な
れば明日こそと名残おしくも帰路(きぢ)におもむくに黄(たそ)
昏(かれ)ちかく成ぬれば道をいそぐ所に折から駄賃馬(だちんむま)
に馬 追(を)ひ打乗(うちのり)て来(く)るを見てその馬からんといへ
は馬追ひ下り立てあたひを定(さだ)め既(すで)に佐の右衛門
打乗ける所へ山伏(やまぶし)一人来かゝり馬追ひをまねき
何事か云(いひ)けんうなづきあふて馬かた佐の右衛門にいふ
やう此馬はあの山伏にかして候へはそなたにはをり
給へといふ佐の右衛門聞て何条(なんぢやう)さる事有べき我(われ)
すでに約(やく)して乗たる馬に他人をのする法や有
べきその事叶ふまじ急き此馬引行べしと云(いへ)は
山伏さし出此馬はわれら馬士(まご)と相(あい)対(たい)してかり受
たりそこには下り立て外の馬を借(かり)給へわれらは
此馬士のとくゐなれは何人の召れとも引おろし
乗なりとく〳〵おり候へといへは佐の右衛門打わらひ
とくゐにてもあれわれら先約(せんやく)いたし乗たる馬に
候へは御ふせうなから其元外の馬借へ御申あれ
はや日もくれに及びぬわれらは八名まてまいる
間 道(みち)のほども遠(とを)くこれあれば少もいそぎ申也
とねんころにことはれば山伏声をはげましせん