翻刻
ぬ扨(さて)相番(あいはん)十余人ありけるを或日(あるひ)まねきてしか〳〵
のよし語(かた)りしばらく病気(びやうき)と称(しやう)して勤仕(きんし)を止(や)め
たきむね談(だん)じけれは何れも勇気(ゆうき)の人々なれは評(ひやう)
義(ぎ)取々にて今宵(こよひ)は何分 伽(とぎ)してその化物(はけもの)を引捕(ひつとらへ)
んなどひきけれはさのへもん達(たつて)る?断?いへとも聞(きゝ)入ず【達(たつて)の頼(たのみと)いへとも?】
いづれも夜に入を待(まち)ゐたりしに未(いまだ)暮(くれ)ぬうちより
山伏出たりしをなみゐし人々一同ににきつれ我 討(うち)
取らんとさはぎたちしにうては消(きへ)うせひらけは
あらはれまぼろしのことくなれは有合(ありあふ)人々 詮方(せんかた)
なく終夜(よもすがら)たゞ刀を抜(ぬい)て切はらふのみさらに仕(し)
いでたる事もなくて夜は明ぬ人々も興(けう)をさまし
て帰りそれより家中の諸士(しよし)毎夜(よこと)に集(あつま)りてきり
とめんくみとめんとすれと叶(かな)はす佐の右衛門 敢(あへ)
て手もさへずかゝりし程に年もくれて春に至(いたり)
て死霊(しれう)は昼(ひる)も出けれは今は病気(びやうき)とて引 込(こみ)
昼となく夜(よ)となく山伏と向(むか)ひゐたり人々 訪(とむ)
らひ来て加 持(ぢ)などし給へと諌(いさむ)れと佐の右衛門
さらに聞入ず月日ふるに随ひて山伏はさのへ
もんの影(かげ)のことくつきまとひけれど佐の右衛門は更(さら)
に屈(くつ)せず大きなる家に昼夜(ちうや)山伏とむかひ