翻刻
此事を聞(きい)て母は袖をかほにあてしばしこと葉も
なかりしが露(つゆ)斗もかくとしらは此子をも具(ぐ)して
下らんものを神ならぬ身は此子が行衛(ゆくゑ)を思ひて父(ちゝ)
母に預け下りしに今迄 便(たより)なきをあやしと思ひしに
理(ことは)にこそなを古郷(こきやう)の事とも委敷(くはしく)聞まほしく
しばらく爰(こゝ)に留(とま)り給へとて二三日留(と)めおきぬ僧(そう)は
松前のかたへ行て末 陽(はる)【?】播州(ばんしう)へは帰るなりと
聞給て彼(かの)さよが方への文に一品をそへてこれを尋(たつね)
逢(をふ)て手渡(てわた)しして給へくれ〳〵たのみ入申也と
僧(そう)にも旅(りよ)用など少遣しぬ僧は品々取もち
いとま乞(こふ)て立出ぬ年もくれて春の半(なかは)に僧は松
前を立て古郷へ帰(かへ)りあなたこなたよすが求(もとめ)て
やう〳〵娘の在所(さいしよ)を聞(きゝ)出し尋(たづね)行てかくといひ入
けれは伯母(をば)もおさよも対面(たいめん)しつ陸奥(むつ)の事
細々(こま〴〵)語(かた)りて文と一品を渡(わた)しけれは人々母(はゝ)の深切(しんせつ)
をかんじぬ然(しかる)るに此伯母其 夏(なつ)の頃身まかりて
頼(たの)む木(こ)かげに雨(あめ)もたまらでおさよはよるべなく
たゞよひしを人々憐(あわれ)みて美作(みまさか)津山といへる
所の郷士(ごうし)の方へ養(やしな)ひ女(むすめ)に遣しける此 養父母(やうふぼ)深(ふか)く
あはれみ国 主(しゆ)へ宮仕へに出しぬかゝりしより