翻刻
後(のち)は陸奥(むつ)の便(たより)も絶果(たへはて)けり幾之介か母は我子
の生(を)ひ先き美々敷(びゝしく)主君(しゆくん)の御 恵(めぐみ)に国中のよせ
おもきを見るにも彼(かの)おさよか事を露(つゆ)も忘(わすれ)ず
今年はいくつに成なん今はさぞおとなしうも
のしつらんなどなつかしう恋(こひ)しきまゝ神仏を
いのりてひたすら廻り逢(あわ)ん事をのみねんじける
光陰矢(こうゐんや)よりもはやく時人を得たて幾之助十九の
年 元服(げんふく)し故(ゆへ)有て苗字(めうじ)を改 城主(じやうもんとう)とて役義(やくぎ)
も此国の一人にならひて廿三才の時は二千石を給(たまわり)
国主の御目がねにて大役ながら此度 作州(さくしう)の御預り
地十万石の郡代になりて母(はゝ)もろとも彼地(かのち)へ至(いた)りぬ
こゝは古郷(こきやう)へも無下に近く明(あけ)くれ母のこひしたひ
給ふ人々へも便(たよ)り求(もとめ)これかれ音信(ゐんしん)もしば〳〵聞
けれはおさよが行衛を母も尋(たづね)ぬれど更(さら)に知(し)
れる人なしいたしぬかたなく心の及ぶたけ尋もと
むれとそのよすかさへきかで三とせになりぬ母も
尋(たつね)侘(わび)てせんかたなくかく不幸(ふこう)の人は死(しに)もうせ
つらんと老(おひ)の涙もろくてひとへに菩提(ぼだひ)をのみ
弔(とむら)ひけるかくてみちのくの守(かみ)より主水(もんど)に妻室(さいしつ)
迎(むか)ひ取 得(ゑ)させよと度々母が方へ仰(をゝせ)給りぬれは