翻刻
【右丁】
シャム役人と立合引渡メンコ役人は罷帰り申候其後シャム役人三四人立合我々
始末相尋候に真字を書尋我々文政十三寅八月十二日国元出帆同月十九日北悪風に而南へ
吹流され十九人乗組候処ハタンホコスに而破舟の時五人溺死残り十四人役介に相成と書
向より何を積入候哉と書□を積入候と書右米は何国へ積行何方へ売払候哉と委細
尋候故銘々日本人に而角字訳り不申一々返答相成かたく御免被下度と願候
得者先方も承知之様子に而已後尋不申扨申候は汝共今日より此方へ請取早々
本国へ帰し可申此上は無遠慮休足致可申と土蔵一ヶ所明渡し此所へ入
申候
【頭注に○の記号】
此シャムには米有其外やさいふた抔沢山に御座候随而十四人ゟ申出候は銘々事は
日本神国故心願有て神を祈し故ぶた御断申上候と願候処尤也と申而ぶた
抔さし出不申候已後肴計沢山被下候此国之あたしか?成る事限りなし正月に
西瓜うり夏□の一切有此国の侍分轡車に乗り馬弐疋内壱疋は馬
遣ひの下郎乗行足軽体の者はハタン国同様の持束也卯五月三日早朝に
役所へ被召出大将被申候は今日広東へ送り可遣と被申渡米壱石計
【左丁】
干魚を叺に入れ黒砂糖抔沢山に積れ又門出として銀壱枚宛被下
外に麻股引壱足宛十四人に被下候銀は日本に而壱枚四十八匁位に当り申候
股引は此国にて尻を出す事を大いにきらい申故壱足宛被下候則三日晩八つ時頃
皆々舟に乗へしと被申一流一礼を申乗込申候此処に逗留致す事凡百日
計也其内に広東之船参り候と便舟に乗込候様談事有之由に候得共船頭共ゑん
ぎあしきときらい乗せ不申由承り候甚心配□処乗給と天気至而宜敷順風に而
昼夜ともはしり三日晩ゟ九日迄七日之間に海上道法り日本里数として
凡五百里計と覚申候舟の大キサ凡六百石積作方ハタン同様之作り也併舟の中程に
浪返しとて道に大穴弐つ有帆はアンペラ也浪風不構扨九日晩唐土之内
【頭注に○印】
奥門と申処に着十日一日休十一日早朝十四人之者共を奥門の役宅へ連行引渡相済
シャムの役人は被帰候皆々一礼申分れ申候此所の役人十四人之者へ小銀壱つ宛被下
腹中も透候はゝ何に而も買/喰(クウ)へしと被申渡被下候一礼申旅宿へ引取申候十三日