東京学芸大学「学びと遊びの歴史」を翻刻!

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古今相撲大全 - 翻刻

古今相撲大全 - ページ 42

ページ: 42

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を/肩(かた)にのせ。それをふまへたる/体(てい)にし。/毘沙門(びしやもん)と名付て/安(あん) /置(ち)し。其地に寺をたてゝ/永福伝寺(ゑいふくでんじ)と/号(ごう)しける。其後相撲 の節会に三度出。人皇七十三代堀川院の御宇に/寛治(くはんぢ)五年より長治元年迄七度以上十ヶ度の相撲に一度も負ず。名を日本 にかゝやかせり。此永季或は/枝(きのまた)に大石をはさみ。大石のうへに 同じごとくなり石をかさねをく。日田がかさね石とよぶ小家の 大さにひとし。又あるとき/領内(れうない)に永季をそむくもの有しかば。 おし寄て門をやぶり/扉(とびら)を以て。百人ばかりうちころしたる事 もあり。長治元年七月十八日。永季四十九歳にて/大肥庄薄村(だいひのしやうすゝきむら) におゐて/卒去(そつきよ)す。後に其所に寺をたて/明量寺(めいじやうじ)と名ずく。永 季より。/季平(すへひら)。/髙家(たかいゑ)。/永平(ながひら)。/永宗(ながむね)。/永秀(ながひで)。/永隆(ながたか)。/永俊(ながとし)。/永綱(ながつな)。/永信(ながのぶ)。 /永基(ながもと)。/永資(ながすけ)。/永貞(ながさだ)。/長俊(ながとし)。/倫永(のりなが)。/永息(ながやす)。/永英(ながひで)。七郎丸参て/相続(さうぞく)なし て。七郎丸早世し。/摘家(ちやくか)は/断絶(だんぜつ)し/鹿流(そりう)今に日田にのこれり。 /家(いゑ)の/紋(もん)四足の/州浜(すはま)なり。是/先祖(せんぞ)永季が。かゞみたるかたちを /表(ひやう)するといひ伝へたり      /中納言伊実腹抉(ちうなごんこれざねはらくじり)と相撲の事 中納言伊実と申す/公卿(くぎやう)おはしけり。/学問(がくもん)を/好(この)み給はず。つねに 相撲/競馬(けいば)をこのまれけり。/御父伊通公(おんちゝこれみちこう)とゞめ給ひしかどやみ