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天笠冠者を取て。池の面へ 七八尺ばかりなげすてけると
なり
/畑時能(はたときよし)相撲の事
/新田義貞(につたよしさだ)の/家臣(かしん)。/畑(はた)六郎左衛門時能は。武蔵国の住人にて。無
双の/強力(げうりき)なり。/腕(うで)の/力(ちから)すぢふとくして。/股(もゝ)のむら/肉(にく)あつければ/彼(かの)
/薩摩(さつま)の/氏長(うぢなが)も。かくやとおぼへておびたゞし。歳十六の時より
このみて相撲を取けるに。/板東(ばんどう)八ヶ国にさらに/勝(かつ)ものなかり
けり
/妻鹿長宗(めがながむね)相撲の事
妻鹿孫三郎長宗は。/薩摩(さつま)の/氏長(うぢなが)が末にて。ちから人にすぐ
れ。/器量(きりやう)人にこへたり。生年十二の春の比より/好(このん)ですまふを
取けるに。日本六十余州の中に/終(つい)に/片手(かたて)にかゝるものなし
山中/幸盛(ゆきもり)すまふをこのむ事
山中/鹿之介幸盛(しかのすけゆきもり)は/尼子義久(あまごよしひさ)の十/勇士(ゆうし)の/隋(ずい)一なり。幸盛が
母かつて子なきことをなげきて。/毘沙門天(びしやもんでん)に/祈(いのり)てふたりの/男(なん)
/子(し)をうむ。兄を甚太郎といひ弟を甚次郎といふ。何れもおと
らぬ/勇士(ゆうし)なりしが。甚太郎は早世し甚次郎は鹿之介と名
をあらたむ/殊更(ことさら)幸盛は。出雲国/鰐淵山(わにびちやま)のふもと。/武蔵坊弁慶(むさしぼうべんけい)