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【右丁】
指(ざし)とて。紙をさし裸(はだか)にて。太刀かたげ左右方出。太刀を下に置。
数指(かずざし)を取神前へ投(なげ)。相撲を取《割書:但儀式|斗也》太刀かたげ退(しりぞ)き。神前へ
向ひ座す。専当(せんだう)後(うしろ)より褒美布(ほうびぬの)を肩(かた)に打かゝる也。右十番の
相撲おはりて。相撲番の舞楽(ぶがく)あり《割書:抜頭(ばとう)|落蹲(らくそん)》を奏(そう)す。上古より今に
至るまで執行(しゆぎやう)せらる。委は春日古記に出たり。又/後鳥羽院(ごとばのゐんの)御
宇。文治(ぶんぢ)五年四月。鎌倉(かまくら)鶴岡(つるがおか)八幡宮/祭(まつり)に。相撲十五番あり。又/建久(けんきう)
三年八月十四日。鶴岳放生会(つるかをかほうじやうゑ)に回廊(くはいらう)の外庭(そとには)におゐて。相撲を
執行せらる。則/源頼朝卿(みなもとのよりともきやう)の命(めい)により。因幡前司(ゐなばのぜんじ)沙汰(さた)せられ。藤判(とうはん)
官代(ぐはんだい)を奉行(ぶぎやう)とし。八番の相撲あり。同六年二月十三日。鶴岳/臨時(りんじの)
【左丁】
祭ありて。相撲等/結構(けつこう)の儀あり。同年九月九日鶴岳神事に
すまふ十番ありと。東鑑(あつまかゞみ)に載(のせ)られたり。又山城国にも。賀茂八(かもや)
幡(はた)。松尾(まつのを)等にもあり。賀茂は今に毎年九月九日にあり。松尾八
月朔日にあり。八幡は足利時代(あしかゞじだい)に絶(たへ)たり。又隣国/住吉(すみよし)にも毎年九
月十三日に相撲と云あり。いにしへより今に至るまで相続して執
行あり。其餘(そのよ)諸国(しよこく)に神事ずまふ数多(あまた)行(おこな)はれ侍れど。式は正(たゞ)し
からず。故に爰(こゝ)に畧(りやく)す
御前角力作法(ごぜんずまふのさほう)
御前相撲の作法(さほう)は。元来(ぐはんらい)武家よりの事にて。先御/書院前(しよゐんさき)