← 前のページ
ページ 279 / 282
次のページ →
翻刻
【右丁】
れども心さま柔和ならず諸事に忍びずして物に觸れば嗔
て腹をふくらし歯がみして短氣なり平生のふくれ顔をを畧
してふぐとはいふ也かゝる愛なき物なれども味噌汁に調
味して珍客に進むるは殊に怪かりけりもろこしにても稱
美せるにや古人西施が乳にたとふさほどまで旨からば吾
いふべし越の范蠡西施を得て塩梅よく料理して呉王夫差
に一杯を啜らせ遂に呉國をころりとさせしはいかにぞや
宜なり西施が色盛は河豚之如く范蠡がはかりことは煤の煮
出しとやいふべからん其物之毒なるをしつてもてなすは
針の白和刄の煉味噌を弛走するにひとし智なりとせんか
愚なりといわんか鳥のそら音に凾谷之関の戸開き安宅の
【左丁】
関は偽勧進にだまされぬ人も好物の惑ひより飲食の関之
戸を開てみだりに此毒物を通すは好物に毒なしと心得し
関守の大なる油断なり皿をねぶりても生死の請合は心も
となし河豚汁にむかふは二ッ玉の筒先に立がことしよつて鐵
炮汁と云中れば最後といふなるべし色を好で色に死する
ものは情に溺てやましき方もありなまじ勇を好んで白刄
の上に伏ものは義者の端くれを得たり河豚と引組で討死
する人何の功名あらん古人のいふ飲食之人は人これをい
やしむ寧ロとよばれんよりは㞍と呼れて可ならん欤