翻刻
とよはれ侍らんとの心(こゝろ)にて候なり。父かよみにてたけさい
ならば。われもきさいと申へきか。父(ちゝ)をこへにてちくさい
と申候へは。我(われ)も又ぼくさいと呼(よば)せ申也/是(これ)と申も御/影(かけ)
故にかゝるわけをもそんじ候へば有。かたき御/恩(おん)
にて侍るとていよ〳〵学問(がくもん)おこたらねど。生(むま)れつきたる
不器用(ぶきよう)にて。物覚(ものおぼへ)のあらされば。只(たゞ)籠(かご)ぬけにことならす
まづは身過(みすぎ)の為(ため)なればいしやの/白人(しらふと)に問(とわ)れてのかけ
はづしをせんとならひしも。ぬからぬ思案(しあん)ときこへける
されども俄(にわか)のいしやなれは。誰(たれ)壱ふくの薬(くすり)を望(のそ)む
ものはなし。只(たゞ)明暮(あけくれ)製方(せいはう)薬種(やくしゆ)取(とり)よせて。守(まも)り
居(い)たるばかり也。ふりうり太郎工夫(たらうくふう)して。商(あきない)中間(なかま)の
者(もの)共に何(なに)となく語(かた)るやう。我等(われら)孫(まご)は。父(ちゝ)竹斎(ちくさい)よりも
器用(きよう)にて一/字(じ)を十字とさとりつゝ薬(くすり)の配剤(はいざい)功者(こうしや)
に成たとへは他人(たにん)の余(あま)したる大/病(ひやう)の。今(いま)目(め)をすへ
歯(は)をくいしむるもの成共我孫がかゝりて。薬の口へ
入程(いるほと)なれは忽(たちまち)に活(よみがへ)る。其(その)手/柄(がら)おほきゆへ方々より
呼(よび)に来(き)て。のり物(もの)かきにことかけは日用(ひよう)壱人たのみ
つゝ身/過(すぎ)なれは是非(ぜひ)もなや孫の乗(のり)しのり物を。我
等(ら)相手(あいて)にかく故に商(あきない)のしやまとなる。後(のち)は薬代/取(とる)
とても。孫の冥加(めうが)のためといひ当座(とうざ)はそんと見へ
けれは。ふつ〳〵いやと云ふらせは商(あきない)中間(なかま)の者(もの)共は
是をまことゝ思ひつゝ。あなたこなたと云ふれて。折(おり)