翻刻
愛(あい)せり。母は枕の内よりも。いたはり付侍りぬ。竹斎は爰ぞ
大事とひそうせし。青/表紙(びやうし)を取出して見てあれば
ちんひを加へぶしをのぞくべしと有程に。まかせておけと
云まゝに。口にはしつかとちんひくはへ。ぶしの入たる紙袋(かみぶくろ)を。まな
こを見出して志ばらくのぞく其内に。無常(むじやう)の嵐(あらし)はけし
くて。其子をたのむすて給ふなと。云/声(こへ)ばかり耳にとまり。
朝(あした)の露とぞきへにける。竹斎はあきれはて。思ひの火(ひ)を
胸(むね)にたき。枕にのこる薬をうらみ。足(あし)ずりをしてふし
まろび。なげくにかいもあらいその。水のあはれはさておきぬ。
野辺の薪(たきゞ)の代(しろ)もなく。経(きやう)かたびらの才/覚(かく)も。なき身を
見るぞかなしき。爰(こゝ)に年比の郎等(らうどう)に薮(やぶ)ぐすしの。薮の
一字をゆるされたる。藪にらみの助と云もの有。かね〳〵主
の竹斎の。さじさきばかりたのみては。朝夕のけふりたえ〳〵
なれば。幸(さいわい)此所の名物の。芝さかなをあきなひて。いと
なみをつゞけしが。商(あきな)ふさきへ友達共。かくぞとつげしらす
れは。いそぎ宿に立かへり。此有さまを見まいらせ。御なげ
きはことはりさりながら。さのみ取見ださせ給ひては。さらに
事行侍らじ。爰をばわれらに御まかせ候へ。宝(たから)は身のさし袷(あわせ)
壱つ爰に候とて。小びつの中より。もめんのあわせを取出し。
あたりちかき質(しち)屋にあづけておあしをかり。其用意を
しすまし。近所なれは。かうじゆさんびんらうしの。につ
けい上人をたのみつゝ。むしやうのけふりとなしにけり。扨