翻刻
有べきにあらざれは。わすれがたみの見とり子をば。竹三郎と
名付て母なし子なれば釈(しやく)尊にあやかれとて。あたりの
かゝたちの乳(ち)をもらひ。又はすりこなどして。そたてける
こそあはれなれ。にらみの助はさいかく不 双(そう)の思の者。町内の
おうばたちに近付。色々さま〳〵の。はなしをしかけちな
みて。ある時はうゐらうをつませ。又有時はてうじゑんを
なめさせ。心やすくしなして後。その御子様をばわれらの
いだき侍らん。すこしの内此子に乳(ち)をもらかしてたまはれ。
此御礼にはやみいたみの其時は。御薬をば何程も参り
しだいと。油口をすべらせてたのみ。あなたのおうばたちの
おかげにて。無(なく)_レ恙(つゝが)そたて行程に。月日に関(せき)のすはらねは。
其年も程なく暮。あくる春の元日にぞなりにける
第二 さじをいたゝくも心有事
貧乏(ひんほう)神はおちこちに不_レ居
去程に竹斎は。去年の無仕合は。去々年(おとゝし)の節分(せつぶん)に。悪事
さいなんは。西の海へざらりとすて。寿命(じゆめう)は。五百八十年。七
まがりとはいわひけれ共。妻(つま)は旦那(たんな)寺へさらりと送(おく)り。
二たびあわで過しかなしさ。万事は夢の内の。あだしみ
なりと打さめて。うつゝながらもうき年月をこへしぞかし。
今年よりは仕合よかれ。有がたやとて後方にむかひ。
さじを三/度(ど)いたゞき給へば。にらみのすけ申やう。こはいか
にいしやにて後世(ごせい)をするからは。さじにかぎり侍らんや。