翻刻
薬種(やくしゆ)も医(い)書も。薬箱も。皆たうとみ給へかし。但(たゞし)それ
まても候まじ。薬師如来と神農(しんのふ)の。御かげを拝(はい)し
給へば。それにてすみ侍るべし。心得ぬさじの。いたゞきやう
かなとぞ申ける。竹斎きかれて。いかにも汝(なんぢ)がふしん尤也
さりながら。是には心有事ぞ。汝(なんぢ)はわれらが親。竹庵(ちくあん)代(だい)より
の伝(つたは)りもの我八さいの時かとよ。汝生れて此年月。片(へん)時
そばをはなれぬは。汝と貧乏(ひんぼう)神と也。かゝるなじみの
主従なれば。いかでか心をへだつべき。さらば語りて
きかすべし。今の御代の御/政(せい)法。たゞしきにつけて思ふに。
人壱人を害(かい)しても。其/罪(つみ)のかるし事あらじましてや
況(いわん)あまたの人を。殺害(さつがい)せしにおいてをや。穴賢(あなかしこ)さたばし
すな。我(われ)ら程人をほく。ころしたるもの又もあらじ。されども
さじのあやまりなれば。御せんさくにもあはさる也。刀か
わきざしにてころして見よ。何とて只今まで我(わか)命(いのち)
有べきや。爰をもつてあんずるに。さじの御かげほど。有
がたき物はあらじとぞおもふと。眉(まゆ)をひそめてかたらる
れば。にらみのすけ承(うけたまは)り。左程の利句儀(りくぎ)あきらか
にて。せめてぬか米二三/俵(ひやう)年の暮(くれ)に。薬代とらせ給はぬ
こそ。かへす〳〵も口惜(くちほし)やとて。ちつともしほれぬまなこ
より泪(なみだ)をはつらはらとぞながしける。竹斎是を見
給ひわかれた今のなき事や。こぞなきしさへくやし
きに。いざや元 朝(てう)いわゝんとて。餅(もち)なきぞうにの汁を吸(すい)