翻刻
爰(こゝ)に京橋辺(きやうばしへん)の事にや。とうがねやの茂兵衛と云町人
の子。十さいばかりなるが。何共しれず煩(わつらひ)付て後は人の
口まねをし。犬鷄(いぬにわとり)のなくまね。其外(そのほか)の鳥獣(とりけもの)のまね。牛
馬の吠いなゝくをも。のこさずまねけるが。初(はじめ)の程は
それとも気のつかされは。只其まゝにて月日を
送りしが日数かさぬる内に。父母気かつきて此段
いしやにかたりていろ〳〵薬を用ひ。さま〳〵養性(やうじやう)し
けれとも。おもりこそすれ験(けん)はなし。その比/名誉(めいよ)のは
かせ安陪(あべ)の晴卜(せいぼく)を請(せう)して占(うら)をきくに。せいほく勘文(かんもん)
をもつて申けるは是はいかさま鸚鵡(おふむ)の鳥の恨(うら)むる
事もや侍るらん。但覚へは御座なく候やといへば茂兵衛
手を打。われ六さいの比にや。我父鸚鵡(わがちゝおふむ)を。長(なが)崎にて
もとめ秘蔵して飼(かい)けるが。或時いかゝ取まきるゝや。
預(あつか)りし下人/餌(ゑ)を飼(かふ)はで。うへ死(し)しけるをかぎりなく
おしみけれともすべきやうなくて。人をほうむる
ことくに跡(あと)をもとふらひし事を。我かすかに覚(おぼ)へ
たり。扨はそれ故にて候かと申所へ。尾張(おはり)町太次兵衛
来かゝりて。是にはきねんきたうも可_レ然候。又煩
の事なれば。薬をもたやしゐひては。いかゝなり爰
に薮の木斎とて名/誉(よ)なる医者(いしや)候也。是へ見せら
れまじきやと云けれは。それこそ望(のぞむ)所なれとて
太次兵衛を頼(たのみ)て呼(よび)迎。病人に逢(あわ)せければ。木斎