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コレクション: 愛知県豊橋市関連資料

豊橋志要 - 翻刻

豊橋志要 - ページ 50

ページ: 50

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【右頁】                     七十  にあり)に詣し此社を拜し鞍を奉納せし處なりと云ふ口碑あり多く傳ふ 悟眞寺    は大字關屋にあり淨土宗に屬し弧峯山と號す其祖善忠上人は嘗て鎌倉光  明寺にあり貞治五年此地に來り地を豊川の沿岸の處に相し一寺を創し名けて淨業院と  云ひ後之を悟眞寺と改む當時此地は今橋と稱し草野の間僅に數戸の農家を見しのみな  りしが永正二年今川氏親の臣牧野古白此地に城くに方り今の處に移轉せしめたり天正  十八年池田輝政此地に來り大に城池を擴むるに方り之を羽田の地に移さんとして敷地  を給せしが其移封に遇ひて之を果さゞりし本堂書院庫裡鐘樓總門中門等輪奐頗る全く  境域千三百四十餘坪ありて西禪院、三昧院、樹松院、龍興院、專稱軒、勢至軒、竹意  軒、法藏院、東高院、善忠院、全宗軒等塔頭甚だ多し此寺は永祿七年以來數々德川家  康の淹留せし處にして明治十一年 聖上東海道御巡行の途行在所となし給へり本堂の  正面に揭ぐる南無阿彌陀佛の扁額は後陽成帝の宸翰にかゝる 龍拈寺    は大字吉屋にあり曹洞宗に屬し吉田山と號す永正中休屋宗官和尚の時今  川氏親の臣牧野古白の寄進により建立したるものなりと云ふ寺域二千六百五十餘坪本 【左頁】  尊は十一面觀世音にして維新前朱印廿五石あり本堂庫裏書院衆寮鐘樓開山堂羅漢堂惣  門及塔司五ヶ寺等あり頗る壯嚴を極む牧野氏に關する古文書等藏する所のもの亦た少  からず其地當地方諸名士等の墓碑にして存するもの頗る多し 豐橋別院   大字花園にあり眞宗大谷派に屬し寛永廿一年本廟第十三世宣如上人の創  建する所にして吉田御坊と稱し西竺山誓念寺と號せしが明治十二年之を豐橋別院と改  む舊來の堂宇は明治四年十月火災を罹り今のものは仝十四年四月の新築なりとす本堂  庫裏鐘樓山門惣門座敷等規摸宏壯なり外に末寺正琳仁長應通淨圓蓮泉の五寺あり何れ  も本堂樓門庫裏經藏等を備へ惣境域千七百餘坪あり 全久院    大字東田字二連木にあり仙壽山と稱し曹洞宗に屬す弘治二年(一に大永  三年に作る)二連木城主戸田宣光(全香と號す)光國禪師を聘して此寺を創立す境内  に戸田氏の碑あり 臨濟寺    は大字東田にあり萬年山と號し臨濟宗東福寺派に屬す正保二年小笠原忠  知の吉田城主となるや其四年舊領豊後杵築より日東玄暘禪師を聘し此寺を飽海に創立                     七十一