翻刻
【右丁】
長崎奉行之家士え聞合たる所答書左之通り
一崎陽踏画之儀被仰下承知仕候所私方に写等一向無御坐候成程崎陽
官府え九州諸侯より借用に使者参り候得は貸し遣し候員数之所も覚不申
候かねの踏画と申候得とも板のも御座候哉鉄の厚みは頓而壱寸も可有
御座候長さ六七寸幅四五寸も可有御坐候夫え切支丹仏之異人仕置
に相成居候金え鋳付候ものに御座候或は四足を一所にしはり夫え大きな
る釘抔を打候様相見へ申候其踏画を壱人別に踏候事之由承り申候
猶員数并に画之品形等御承合仕尚又可申上候乍去写は有御座
間敷と奉存候右之段宜被仰上可被下候折節取込早々申上候以上
七月十八日
踏画之儀猶又承合候所員数等書留には御座候得共其日も覚不申候
尤此間申上候通木と銅両様御座候画も不残違申候絵之ふり合は此
間申進候通に御座候画の留は無御坐候由申聞候
【左丁】
阿蘭陀壁書之事
一出島水門に横文字を以壁書張置毎年入津之上は人別為揃
家老出役有之其節新古カヒタン其外船頭紅毛人一統船へ相越
右壁書之趣紅毛人黒坊に至る迄為読聞申候和解左之通
日本国内におゐてコンハニヤ【注】商売并所属之諸司を掌るカ
ヒタン并評議の役人今爰に読しむる旨趣能く見聞すべし
所謂
一此壁書は古来積年識破する所にして其始はパハアヒヤの地に
おゐてインテヤのせねらる并政事之衆聴達ありて後年にカ
ヒタンを以渡海の面々に布述せしめらるゝもの也各此命令を正し
く守りて敬て違事なかれ守船の商売をゆるさす不法放逸な
ることを制す古来同断たりといえとも年々更に是を諭して其違
さらん事を要とす各思慮すへし私に商売を不被免事は
【注 コンパニヤ=イエズス会のこと。】