翻刻
【右頁】
だまれり黴瘡(ばいさう)も此比(このころ)長崎(ながさき)に傳(つたへ)しにや今(いま)長崎(ながさき)にて黴瘡(ばいさう)をポツクといふはかの陀(を)#1
蘭陀(らんだ)にいふスパンスポツクの畧語(りやくご)なり又(また)今(いま)も九州(きうしう)にてすべて唐瘡(とうさう)といふはむかしの
名(な)の遺(のこり)しなり我(わが)甲斐(かひ)の知足齋德本翁(ちそくさいとくほんをう)の著(あらは)せし梅花無盡藏(ばいくわむじんさう)といふ
書(しよ)には唐瘡(とうさう)と名目(めいもく)せり《割書:板本の無盡蔵に梅瘡とあるは荻野|氏の私にあらためたるにて誤なり》今(いま)一般(いつはん)にカサといひ瘡毒(さうどく)
といひあるひは湿毒(しつどく)などゝいふは誤(あやまり)なり瘡(かさ)とは痬(はれもの)の惣名(そうみやう)なれば黴瘡(ばいさう)にかぎ
りて瘡(かさ)とも瘡毒(さうどく)ともいひがたし又(また)傅染病(でんせんびやう)にて湿氣(しつき)にて起病(おこるやまひ)にあらざれ
ば湿毒(しつどく)といふも誤(あやまり)なり是(これ)も痘瘡(とうさう)を醫家(いか)俗家(ぞくか)ともあやまりて疱瘡(はうさう)といふ類(るい)
なり此病(このやまひ)を唐瘡(とうさう)と名附(なづけ)しは元来(ぐわんらい)なき病(やまひ)を外国(ぐわいこく)の人(ひと)より傳(つたへ)て病(やみ)はじめし
故(ゆゑ)に唐瘡(とうさう)と呼(よび)ならはせしなり是皆(これみな)
日本(につほん)の地氣(ちき)にて起病(おこるやまひ)にあらず永禄以來(えいろくいらい)外國(ぐわいこく)より傳來(つたへき)し明證(めいしやう)なり是全(これまつたく)
【左頁】
傅染(でんせん)してばかり病(やむ)やまひなる故(ゆゑ)に行義(ぎやうぎ)正(たゞし)き人(ひと)はやまずして青樓妓女(せいろうきぢよ|ぢよらうやげいしや)などに行(ゆき)
通(かよふ)もの又(また)は下々(げ 〳〵)の男女(なんによ)の身持(みもち)正(たゞし)からずみたりかはしき家々(いへ〳〵)にはやりて人(ひと)しらず
うつりまみれ其(その)毒氣(どくき)は世(よ)の中(なか)に絶(たえ)ずして痘瘡(とうさう)の國々(くに〴〵)をうつりめぐるにかはる
事(こと)なし此病(このやまひ)は別(べつ)して後(のち)に傳(つたへ)しゆゑに醫書(いしよ)の治方(ちはう)もくはしからずおほくは家々(いへ〳〵)
の家傳(かでん)あるひは賣薬(ばいやく)などもちゐ皆(みな)一定(いつてい)の方(はう)をもつて療治(れうぢ)する故(ゆゑ)に病(やまひ)
と齟齬(そご|くいちがふ)して終(つひ)に痼疾(こしつ)となるもの多(おほ)し殊(こと)に醫家(いか)俗家(ぞくか)ともに誤事(あやまりこと)あり下(け)
疳瘡(かんさう)あるひは便毒(べんどく)をやめば何(なに)の差別(さべつ)もなく黴瘡(はいさう)の薬(くすり)を用(もち)ゆ是(これ)大(おほい)なる誤(あやまり)に
て人(ひと)を害(かい)する事(こと)なり其故(そのゆゑ)いかんとなれば便毒(べんどく)下疳瘡(げかんさう)はいにしへよりある病(やまひ)にて
黴瘡(ばいそう)の如(ごと)く傅染(でんせん)せず其(その)塲所(ばしよ)と形(かたち)とはおなじけれども其毒(そのどく)は甚(はなはだ)別(べつ)なるもの
にて療治(れうぢ)も大(おほい)に違(ちがひ)あり醫家(いか)俗家(ぞくか)ともに心得(こゝろえ)べき事(こと)なり是故(これゆゑ)に黴瘡(はいさう)の