翻刻
【右頁】
論(ろん)ぜず人(ひと)も絶(たえ)ていはざる事(こと)なれども今(いま)現然(げんぜん)と明證(めいしやう)ある事(こと)なれば此理(このり)を
よく辨(わきまへ)て有形(ゆうぎやう)傅染(でんせん)の病(やまひ)は人(ひと)の生涯(しやうがい)のがれやすきといふ事(こと)を人(ひと)ごとに心得(こゝろへ)
給ふべきなり
《振り仮名:方土の異氣|はうど い き |ところによつてきをことにす》
右(みぎ)にいへる四傅染(しでんせん)の病(やまひ)はいかなる由縁(ゆえん)ありて外國(ぐわいこく)に起(おこり)て
日本(につほん)におこらざる其本(そのもと)を考(かんがふ)るにおよそ天地(てんち)の間(あひだ)に萬物(ばんもつ)を生(しやう)ずるは其(その)土地(とち)〳〵の
陰陽(いんやう)の氣(き)に自然(しぜん)と其物(そのもの)を生(しやう)ずべき氣(き)ありて生(しやう)ず其物(そのもの)に毒氣(どくき)のある
も其(その)土地(とち)の陰陽(いんやう)の氣(き)に毒(どく)の生(しやう)ずべき氣(き)ある故(ゆゑ)なり草(くさ)の烏頭木(うづき)の巴豆(はづ)
金(きん)の水銀(すいぎん)石(いし)の礜石(よせき)虫(むし)の斑猫(はんめう)鳥(とり)の鴆鳥(ちんてう)あるも其(その)土地(とち)の氣(き)に自然(しぜん)と
其毒(そのどく)を生(しやう)ずべき氣(き)あるゆゑなり病(やまひ)も陰陽(いんやう)不測(ふしき)の物(もの)にして草木(さうもく)金(きん)
【左頁】
石(せき)生類(しやうるい)の生(しやう)ずる如(ごと)く其(その)土地(とち)〳〵の陰陽(いんやう)の中(うち)にさま〴〵の毒氣(どくき)を結(むすび)て某(それ)#1
々(〳〵)の病(やまひ)となる故(ゆゑ)に瘧(ぎやく)の多(おほき)土地(とち)には年々(ねん〳〵)に瘧(ぎやく)おほし水腫(すいしや)の多(おほき)土地(とち)には歳々(さい〳〵)
に水腫(すいしゆ)おほし是則(これすなはち)人(ひと)の病(やまひ)とならざる以前(いぜん)に其々(それ〳〵)の病(やまひ)となるべき氣(き)は陰陽(いんやう)
のうちに定(さだまり)てあるなり痘瘡(とうさう)痲疹(ましん)黴瘡(ばいさう)疥瘡(かいさう)の如(ごとき)き#2も是(これ)にかはる事(こと)なく
先(まづ)其(その)土地(とち)に其毒(そのどく)を生(しやう)ずべき氣(き)有(あり)て其(その)土地(とち)の人(ひと)の病(やまひ)となりそれを人(ひと)より人(ひと)に
傳(つたへ)て其(その)毒氣(どくき)の元(もと)より無(なき)土地(とち)へも傳渡(つたへわたる)なり是(これ)を譬(たとふ)るに土地(とち)になき草木(さうもく)も
他國(たこく)よりうつし植(うゆ)れば榮(はえ)そだつが如(ごと)しいにしへ
日本(につほん)に柑子(かうじ)なかりしを
聖武天皇(しやうむてんわう)神龜(しんき)二年 乙丑(きのとのうし)佐味(さみ)の虫麻呂(むしまろ)播摩(はりま)の直弟兄(あたいをとゑ)唐土(もろこし)より齎歸(もちかへり)
て植(うゑ)そだてし故(ゆゑ)に従五位下(じゆごいのげ)に叙(じよ)せられし事(こと)續日本紀(しよくにほんき)にみえたり柑子(かうじ)