伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(十一) - 翻刻

藩翰譜(十一) - ページ 5

ページ: 5

翻刻

御方の大名引具して帰上りまつ尾張の清洲の城に 至りたまひ福嶋池田等を先陣とし宗徒の大名に井伊 本多つけて岐阜の城にさしむけらる既にかち軍しつと 聞えんしかハ守殿も馳むかひたまひ中納言秀信の降をうけ 城をはみかたに守らせらる《割書:守殿海道先陣の大将軍給らせ給ひ|岐阜の城をされたるハ 諸記には》 《割書:詳ならす大におろそか也といふへしたゝ加藤左馬助 嘉明の家の事記と|嘉明か家人黒田か記せし関原記に詳也岐阜おちし後徳川殿の上之》 《割書:せたまふほと 守殿ハ清洲に御陣ありし|にや岐阜に御陣ありしにやいまた詳ならす》徳川殿のほらせたまひ 美濃国関か原にして東西の戦を決せらる守殿御方の  軍勢をひきひてむかひたまひ井伊か手に軍すてに 始るとみえしに兵部少輔直政との御陣に参り先陣の 【左丁】 人々か軍するやう見せ参らすへきため直政御迎に参りぬと 申けれハ御勢をハもとの御陣にとゝめけれ歩武者三百 はかりくせられて直政を御供にて福嶋か陣のわきより つとはせぬけて敵の陣にきつて入時うつるまて戦はせ たまひさつと引てしはらく御馬の足やすめらるかゝる所に 嶋津兵庫入道義弘まけ軍して此所をおちてゆく直政 これをおつかくる守殿も続てはせたまふに嶋津か郎等 松井三郎兵衛尉と名のつて守殿にはせ向ひもつてひら きてうつ太刀を弓手の袖にうけとめて松井か馬手の わたかみより頭の半きりかふて組て両馬が間におち