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爰(こゝ)に去(さ)る田舎(いなか)の片辺(かたほとり)に厚釜敷連(あつかましきつう)といふ医者(いしや)の
一子(いつし)に厚釜敷安(あつかましきあん)といふものあり。倩(つら)々/思(をも)ふには
かゝる辺鄙(へんぴ)に逼々(ぐつ〲)と一生(いつしやう)をおくり手柄(てがら)した所が
麦(むぎ)一斗されバとて又其手柄(そのてがら)もなしがたし。宜(むべ)なるかな
国学十年(くにがくととせ)の修行(しゆぎやう)より京学(きやうがく)一/年(ねん)の修行(しゆぎやう)には
しらずと聞(き)けれバ。いざや都(みやこ)に登(のほ)りよき師(し)をもとめ
典薬(てんやく)大/医(い)にならばやと思ひ行李(たびよそほひ)をして遥々(はる〲)と都(みやこ)に
のぼり知(し)るべの方(かた)に落着(をちつき)て先諸(まづしよ)名医(めいい)を聞合(ききわ)するに
古方(こはう)あり後世(こうせい)あり。各々(おの〱)門をひらき表(おもて)を飾(かさり)て
口を叩(たゝ)く中(なか)にも傷寒論(しやうかんろん)をひらひて唐土(もろこし)の張仲(ちやうちう)
景(けい)にも及(およ)びし名医(めいい)なれバ急(いそ)ぎ門(もん)に入(いつ)て日々(にち々)講席(かうせき)
にいで聴聞(ちやうもん)すといへども。いかんと解(げ)せず。有時(あるとき)余(よ)の医(しよ)
生(せい)に漸々(やう〱)唆(そゝな)かされて祇園清水(きをんきよみづ)に詣(もふで)て都(みやこ)の繁花(はんくわ)
なるに?を消(け)し朝日野(あさひの)か六分やにて少(すこ)しの酒頭上(さけづじやう)
に登(のぼ)り。慢々(とろ〱)眼(め)にて其辺(そのほと)りを見渡(みわた)せハ東(ひらり)行/西(しやう)
往(わ)の美人(うつくしもの)を見(み)て現(うつゝ)をぬかしてながめ入/偖(さて)はふしぎ也