翻刻
【右丁】
夫琉球国(それりうきうこく)は日本 薩摩(さつま)の国より
海上 行程(かうてい)三百余里をへだつもと朝(てう)
鮮国(せんこく)の幕下(ばくか)なりしが近来 彼国(かのくに)に
も伏(ふく)せず勿論(もちろん)日本へも陏(したか)【「隨」の仮借】はざりき
然るに慶長十四乙酉年四月上旬
の比 薩州(さつしう)の大守に命(めい)じて琉(りう)
【左丁】
球(きう)を征伐(せいばつ)せしめ給ふ依て十万 余騎(よき)
をもつて彼国(かのくに)を征(せい)する事いにしへ唐土(とうど)
三国の時 諸葛武侯(しよかつぶこう)か南蛮(なんばん)を
征伐せしごとく謀事(はかりごと)機(き)にのぞんで
変(へん)に応(をふ)じ進退度(しんたいど)に当り人数を
損(そん)ぜず智勇(ぢゆう)をもつてせしかば六風