翻刻
異朝の書に小琉球は泉州の嶋(イ地に)彭湖
といふ所と煙火相望むべしと云/然(イ又)らば
【次行上部に書き入れ】《割書:○□らは閩中に近|き海上にあるなり》
閩中【挿入記号】山に近き海上に立(イの彭上に上りて望む)べし大嶋(と云也。)ならん
には閩/中(イ十也)を去る数千里を隔つ
又朝鮮の書に小琉球の【挿入記号】東南水路(イ地は大琉球の)
七八日程に在り/国に君臣もなく(イ国よりなくまて十也)人
皆長け高く大にして衣装といふとなく
人/死(イしぬ)【挿入記号】すれば其親類集りて其肉を
食ひ其頭に漆ぬりて飲器とすと
いふ事有り是も又信用に足らず
古へ(イ上古)より中国に通ぜし事は聞へず隋の
煬帝大業年中羽騎尉朱寛をして
異俗を訪求しむ初て其国に至る其語
言通ぜず一人を掠て還る後武賁郎
将陳稜をして兵を率ひて其国に至ら
しめ男女五千人を生捕て還れり
隋煬帝大業六年の事也本朝推古
天皇十八年に当れり