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の人々(ひと〴〵)を召(め)され仰出(おほせいだ)されけるやう。吾(わが)威風(いふう)すでに海内(かいだい)に加(くわ)はり日本(につほん)六十 余州(よしう)
におゐては。すてに靡(なひ)かぬ草木(くさき)もなきに。未(いま)だ朝鮮(てうせん)の嘉祝(かしゆく)の使(つかひ)來(きた)らす。殊(こと)に
代々(よゝ)吾国(わかくに)の聘使(へいし)のみ彼国(かのくに)に至(いた)ると雖(いへ)とも。彼(かれ)が返礼(へんれい)をなさゞるは何事(なにこと)ぞ
や其上(そのうへ)又(また)朝鮮(てうせん)は往古(わうこ)より日本(につほん)付属(ふそく)の国(くに)なるに如此(かくのことく)の躰(てい)たらく畢竟(ひつきやう)を察(さつ)
するに。是(これ)我国(わかくに)を軽(かろん)し慢(あなど)ると云者(いふもの)にあらざるや。それに付(つい)ては先(まつ)一旦(いつたん)通信使(つうしんし)
を求(もと)めて。彼国(かのくに)の意趣(いしゆ)を探(さく)るべしとて橘(たちばな)の康廣(やすひろ)に仰付(おふせつけ)られて。朝鮮(てうせん)に遣(つか)は
さる。今年(ことし)天正(てんしやう)十四 年(ねん)は。明朝(みんてう)の萬暦(ばんれき)丙戌(ひのへいぬ)の年(とし)と聞(きこ)えけり是(これ)より先(さ)き足(あし)
利家(かゝけ)天下(てんか)を知(しり)給ふて。殆(ほとんど)こゝに二百 餘年(よねん)なり。往日(さきのひ)明(みん)の洪武年中(こうぶねんぢう)に当(あた)り朝(てう)
鮮(せん)より隣国(りんごく)旧好(きうこう)を修(おさ)むる使者(ししや)としてその役(やく)を相勤(あひつと)むる。申叔舟(しんしゆくしう)といへる者(もの)
幾度(いくたび)か日本(につほん)に渡海(とかい)をなし。我国(わがくに)の風俗(ふうぞく)勇武(ゆうぶ)の有(あり)さまをも能(よく)諳(そらん)したり