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コレクション: コレクション1

BnF. Département des manuscrits. Japonais 190-191 - 翻刻

BnF. Département des manuscrits. Japonais 190-191 - ページ 221

ページ: 221

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人馬(にんば)の息(いき)を休(やす)めける。則(すなはち)秀吉公(ひでよしこう)へ此(この)おもむきを注進(ちゆうしん)申 上(あぐ)へきとて。箕(みの) 部金太夫(べきんだいふ)に命(めい)じ。合戦(かつせん)のあらましを認(したゝ)め鍋島加賀守(なべしまかゞのかみ)相良宮内少輔(さがらくないしやういふ) 等(ら)と連印(れんゐん)になし。家人(げにん)庄林喜右衛門(しやうはやしきゑもん)を使(つかひ)となして日本(につほん)へ行(ゆか)しむ庄林(しやうばやし) 喜右衛門(きゑもん)は急(いそ)ぎ支度(したく)をとゝのひ。注進状(ちゆうしんしやう)を箱(はこ)におさめ是(これ)を自(みづか)ら首(くび)に かけ。両(りやう)三人の供人(ともびと)を連(つれ)釜山浦(ふさんかい)へ出(いで)。早船(はやふね)に打乗(うちのり)波(なみ)おし切(きつ)て船(ふね)を急(いそ)がせ。 ける波風(なみかぜ)の難(なん)なく肥前(ひぜん)の国(くに)へ着(つき)しかば。夫(それ)より京都(きやうと)をさして馳登(はせのほ)るところ に。筑前国(ちくせんのくに)姪(めい)か浜(はま)にて秀吉公(ひでよしこう)名古屋(なごや)へおし出(いだ)し給ふに行逢(ゆきあひ)則(すなは)ち途中(とちう) なから御 ̄ン供(とも)の御 側衆(そはしゆう)に附(つい)て。清正(きよまさ)の注進状(ちゆうしんじやう)をさす上(あぐ)るところに。小西摂津守(こにしせつゝのかみ) 行長(ゆきなが)方(かた)よりも。小西平左衛門(こにしへいさゑもん)を使(つかひ)として。釜山浦(ふさんかい)東莱(とくねぎ)両城(りやうじやう)を乗取(のつと)り 候 旨(むね)申 上(あげ)ければ。秀吉公(ひでよしこう)此(この)注進状(ちゆうしんしやう)を御覧(ごらん)あつて。御感悦(ごかんゑつ)浅(あさ)からず両人(りやうにん)の