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使(つかひ)の者(もの)どもには。御《割書:ン》羽織(はをり)一ツ宛(つゝ)下(くだ)され。小西摂津守(こにしせつのかみ)此度(このたび)釜山浦(ふさんかい)東莱(とくねぎ)両所(りやうしよ)の
働(はたら)き。比類(ひるひ)なき次第(しだい)なりとて御感状(ごかんじやう)に。定俊(さだとし)の御《割書:ン》太刀(たち)栗毛(くりげ)の馬(うま)一 疋(ひき)相添(あひそ)へ
下(くだ)し賜(たま)はりけり。清正(きよまさ)には大体(たいてい)の御書(ごしよ)なり。扨(さて)清正(きよまさ)は慶州(けいしう)より蜜陽大(みつやうたい)
岳(かく)を経(へ)て全義館(せんぎくわん)【舘は俗字】へ打出(うちいで)。忠清道(ぢくせいたい)を平(ひら)おしにおして王城(わうじやう)へ攻入(せみい)らんと。士卒(しそつ)
をはげまし道(みち)を急(いそ)ぎて馳(はせ)たりける。
是(これ)より黒田長政(くろだなかまさ)金海稷山(きんかいしよくざん)を攻(せめ)。後藤又兵衛(ごとうまたべゑ)。伯子顔(はくしがん)を討取(うちとる)
の働(はたら)き。栗山備後(くりやまひんご)一 番乗(ばんの)りの功名(こうみやう)。また加藤清正(かとうきよまさ)。小西行長(こにしゆきなが)先陣(せんぢん)
争(あらそ)ひ。清正(きよまさ)龍津(りうしん)といへる大川(だいか)を越(こゆ)る條(くだり)は巻(まき)をかへてあらはしぬ。
朝鮮征伐記(てうせんせいばつき)初編巻之五《割書:終》