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鍋島直茂(なべしまなをしげ)等(ら)も。行長(ゆきなが)がいへるを聞(きい)て。此義(このぎ)しかるべしと有(あり)ける故(ゆゑ)。清正(きよまさ)も気(け)
色(しき)をなをし。我(われ)はたゞ其(その)行程(こうてい)の近(ちか)き方(かた)を進(すゝ)むべしといふにぞ。諸将(しよしやう)も歓(よろこ)び
扨(さて)こそ清正(きよまさ)は東大門(ひがしだいもん)と相定(あひさだま)る《割書:一 説(せつ)に南大門(みなみだいもん)に向(むか)ふといへども|右河(みぎかは)ある説(せつ)を用(もち)ひて東(ひが[し])とす》こゝにおゐて清正(きよまさ)は
京城案内(けうじやうあんない)のためにとて。通事(つうじ)一人を宗対馬守義智(そうつしまのかみよしとし)に請受(こひうけ)らる。義(よし)
智(とし)は行長(ゆきなが)の婿(むこ)たる故(ゆゑ)荷担(かだん)の意(こゝろ)ありけるにや。遂(つひ)に京都(きやうと)の道(みち)をもしら
ぬ剰(あまつさ)へ言葉(ことは)はどもりて。其言語(そのげんぎよ)さへたしかならぬ男(おとこ)をつかはす。其名(そのな)をば
徳右エ門(とくゑもん)とぞ呼(よび)ける。中流(ちうりう)に舟(ふね)を失(うしなひ)ば一 瓠(こ)も千金(せんきん)の価(あたひ)あるたとへにて。この
徳右衛門(とくゑもん)も通事(つうじ)なきにはまさるべしとて。此者(このもの)を先(さき)に立(たて)て朝鮮(てうせん)の王(わう)
城(じやう)さしてぞ駒(こま)を早(はや)めける。
王城(わうじやう)途中(とちう)郡県(ぐんけん)を陥(おとしい)る事(こと)