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コレクション: コレクション1

BnF. Département des manuscrits. Japonais 190-191 - 翻刻

BnF. Département des manuscrits. Japonais 190-191 - ページ 269

ページ: 269

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の弓矢(ゆみや)をとつて水浜(すゐひん)に臨(のぞ)めるを。すこしもおどろく景色(けしき)なく。北岸(ほくがん)に近(ちか) よつて游(およ)ぎ泳(くゞ)れるを見(み)て。清正(きよまさ)も直茂(なをしげ)もいよ〳〵あやしみながら渡(わた)り なければ。如何(いか)んともすべきやうなきところに。紀伊国(きいのくに)の住人(しゆうにん)貴志佐助(きしさすけ)と 云(いふ)もの進(すゝ)み出(いで)。某(それがし)游(およ)ぎて敵(てき)の動静(やうす)をうかゞひ参(まゐ)り候はんといふ。清正(きよまさ)歓(よろこ) びとく〳〵と申されければ。貴志(きし)は鎧(よろひ)をぬぎて川(かは)へ飛入(とびいり)游(およ)ぎけるに。水勢(すゐせい) つよくして息切(いききれ)ておしながされ。浮(うき)ぬしづみぬ見へけるが三町ほど下(しも)へ 流(なが)れつき。半死半生(はんしはんしやう)にして此方(こなた)の岸(きし)へもどりける。清正(きよまさ)身(み)をもんで怒(いか)り けれど詮方(せんかた)なし。其時(そのとき)越中国(えつちうのくに)となみの住人(ちゆうにん)曽根平兵衛(そねへいべゑ)が嫡子(ちやくし)にて 生年(しやうねん)拾(じふ)八 才(さい)なる。孫六(まごろく)といへる者(もの)進(すゝ)み出(いで)云(いふ)やう。某(それがし)およぎて渡(わた)し申 さん。本国(ほんごく)砥並川(となみがは)は是(これ)より水勢(みづせい)つよく候 得(え)ども。幼年(えうねん)の時(とき)より游(およ)き越(こし)