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将(しやう)の方(かた)へ述(のふ)るやう。是(これ)より段々(だん〳〵)攻討(せめうつ)て鴨緑江(あふりよくこう)を打渡(うちわた)り直(たゞち)に大明(たいみん)へ打入(うちい)らん
こと最(もつと)も容易(たやす)かるべきことなり。諸将(しよしやう)もし後援(こつめ)をなし給はゝ。吾(われ)必(かなら)ず前鋒(せんほう)たら
んと云(いひ)やりける。諸将(しよしやう)は行長(ゆきなか)が使者(ししや)に対(たい)し。慶尚(けくしやく)全羅(てるら)の両道(りやうたう)の残城(さんしやう)とも固(かた)く
守(まも)りていまだ降(くだ)らす。是(これ)大敵(たいてき)前(まへ)にあるを打捨(うちすて)て。今(いま)軽々(かる〳〵)しく鴨緑江(あふりよくこう)を渡(わた)らん
とせんこと。最(もつと)も危(あやう)き事(こと)なるべししかれば籌(はかりごと)を帷幄(ゐあく)の中(うち)に運(めぐ)らして先(まづ)全羅(てるら)
道(たう)に打入(うちい)りて。これを全(まつた)く取(と)り収(おさ)めんにはと云(いひ)やりけり。行長(ゆきなか)はこれを聞(きく)より大(おほい)に怒(いか)り。
所詮(しよせん)しからば和儀(わき)をなし。朝鮮王(てうせんわう)を和談(わたん)せしめて自己(じこ)の巧作(こうさ)になすべしとて僧(そ▢)
玄蘓(げんそ)をつかはし朝鮮王(てうせんわう)李㫟(りゑん)に書(しよ)を贈(おく)り此事(このこと)をなさんとしたりける。玄蘓(げんそ)は乃(すなは)
ち行長(ゆきなが)が命(めい)に応(おう)じ。平壌(へくしやく)の北岸(ほくかん)にぞ急(いそ)ぎける。扨(さて)また平壌府(へくしやくふ)の城内(じやうない)には。倭軍(わぐん)
すでに境内(きやうだい)に攻寄(せめよ)せ。纔(わつか)に一 江(こう)の水(みつ)を隔(へた)てゝ居(ゐ)ける故(ゆゑ)諸臣(しよしん)いよ〳〵恐懼(きようく)に偪(せま)りて。ひ