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コレクション: コレクション1

BnF. Département des manuscrits. Japonais 190-191 - 翻刻

BnF. Département des manuscrits. Japonais 190-191 - ページ 40

ページ: 40

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へしと定(さた)むる故(ゆゑ)衛満(えいまん)爰(こゝ)におゐて自己(じこ)の兵威(へいゐ)を逞(たくま)しふして隣国(りんこく)を侵(おか)し 撃(う)ち或(あるひ)は財物(ざいもつ)を与(あた)へて是(これ)を誘(みち)びき。朝鮮国(てうせんこく)のその傍(かたはら)の小邑(せうゆう)まで多(おほ)くは 来伏(らいふく)せしめたり真蕃(しんばん)臨屯(りんとん)の諸郡(しよくん)もみな〳〵来(きたり)て服属(ふくしよく)すれば此地(このち)も今(いま) は方角(はうかく)数千里(すせんり)の国(くに)とは成(なり)にける。かくて衛満(えいまん)が子孫(しそん)朝鮮国(てうせんこく)を相受(あひう)け て。第(たい)三 代(たい)右渠(ゆうきよ)といへるが世(よ)に至(いた)りし時(とき)。漢国(かんこく)より逃亡(かけおち)し来(きた)る者(もの)ます〳〵多(おほ) くなりければ弥(いよ)国(くに)は繁栄(はんえい)せりされども右渠(ゆうきよ)は我威(かい)を立(たて)て。天子(てんし)の国(くに) に入朝(にうてう)すべきの意(こゝろ)もおこらず近隣(きんりん)の辰国(しんこく)より既(すて)に天子(てんし)に参内(さんだい)すべき よしを思立(おもひたつ)よし云(い)ひ来(きた)れば。右渠(ゆうきよ)は是(これ)を防(ふせ)きおさえて道(みち)を通(とほ)さず。漢(かん) の武帝(ぶて[い])の時(とき)に至(いた)り歩河(しやうか)【注】と云(い)へる臣(しん)を。朝鮮(てうせん)の使(つかひ)として右渠([ゆ]うきよ)にすゝめ諭(さと)して 天子(てんし)の朝廷(てうてい)に入朝(じゆてう)し其命(そのめい)に順(したか)へと云(い)はしむれども。右渠(ゆうきよ)は遂(つひ)に承引(しよういん)せ 【注 「歩河」は「渉何」の誤ヵ】