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コレクション: コレクション1

BnF. Département des manuscrits. Japonais 190-191 - 翻刻

BnF. Département des manuscrits. Japonais 190-191 - ページ 45

ページ: 45

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これを立(たて)しかそのゝち新羅(しんら)の始祖(しそ)赫居世(かくきよせい)が。此(この)辰韓(しんかん)の地(ち)より興(おこ)つて統(とう) を立(たて)て子孫(しそん)にゆづる。扨(さて)また弁韓(べんかん)は其始(そのはじ)め国(くに)を起(おこ)すの祖(そ)を知(し)らず。かつは 辰韓(しんかん)の属国(ぞくこく)と聞(きこ)えたり。辰弁両韓(しんべんりやうかん)の地(ち)をすべて二十四の国名(こくめい)ありしは往昔(むかし) のことと聞(きこ)えたり。其時(そのとき)には大国(たいこく)に四五千 軒(けん)の人家(じんか)あり。小国(せうこく)には六七 百 家(け)民人(みんじん)を住(すま)しめたりといへり。新唐書(しんたうしよ)に是(これ)を載(の)せて弁韓(べんかん)は楽浪(らくらう)の 地(ち)。是(これ)をまた平壌(へくしやく)と云(いふ)ともいへり。古(いにし)へ漢(かん)の時(とき)の楽浪郡(らくらうぐん)といふ時(とき)は。是(これ)を以(もつ)て見(み) るときは辰韓(しんかん)の新羅(しんら)たる。弁韓(べんかん)は高勾麗(かうこうらい)たる疑(うたがひ)なき所(ところ)なり。また後漢(こかん) 書(しよ)にこれを説(とい)て。弁韓(べんかん)は南(みなみ)にあり辰韓(しんかん)は東(ひがし)に有(あり)。馬韓(ばかん)は西(にし)にありといふ其(その) 南(みなみ)とさし。東(ひがし)とさすは漢(かん)の地界(ちかい)遼東(れうとう)の地(ち)を北西(ほくせい)と定(さだ)めて説(とく)ことの言(ことば)なり。 弁韓(べんかん)は辰馬(しんば)の二韓(にかん)の南(みなみ)にあるといふの儀(き)にあらず。三 韓(かん)すべて七十 余國(よこく)の