← 前のページ
ページ 51 / 451
次のページ →
翻刻
海(かい)の西南(せいなん)の道路(だうろ)たり。その外(ほか)府州郡縣(ふしうくんけん)すべて二百 餘(あまり)りの地名(ちめい)をつらね。三
韓(かん)鼎足(ていそく)の如(ごと)く立(たつ)て。代々(よゝ)数(す)百 歳(さい)の間(あひだ)を歴(へ)。互(たがひ)に武威(ふゐ)を争(あらそ)ひ來(きた)る《割書:事(こと)段々(だん〳〵)|下(しも)に見(み)ゆ》
新羅国(しんらこく)の東(ひがし)は長人国(ちうじんこく)につゞき。西(にし)は百 済(さい)に隣(とな)り南(みなみ)は海濱(かいひん)に臨(のぞ)み。北(きた)は高(かう)
麗(らい)の地(ち)につゞけり。東南(とうなん)は是(これ)日本(につほん)渡海(とかい)の通路(つうろ)なり。百 済国(さいこく)は唐土(とうと)洛陽(らくやう)の
東(ひがし)。六千 餘里(より)蒼海(さうかい)はるかに途(みち)を隔(へだ)て。その正東(まひがし)は新羅国(しんらごく)の海(うみ)につゞき。西(にし)は
越州(えつしう)北(きた)は高麗(かうらい)にあたつて海水(かいすゐ)間(へだゝ)つて湛(たゝ)へたり。また高麗(かうらい)は新羅(しんら)の西(にし)にあ
たつて。南(みなみ)は海(かい)を越(こ)ゆるまで百 済国(さいこく)の領分(りやうぶん)たり。西北(にしきた)は遼水(れうすい)を過(す)ぎ支那(しな)
営州(えいしう)の地(ち)につゞき。北方(ほつはう)は靺鞨(まかつ)の狄国(てきこく)なりこの遼水(れうすい)と名付(なづく)るは世(よ)にしれる遼(れう)
東(とう)の地(ち)にして。靺鞨(まかつ)は今(いま)の韃靻国(だつたんこく)の別種(わかれ)たり。是(これ)も漢(かん)の世(よ)楽浪郡(らくらうぐん)の一分(いちぶ)た
り。洛陽(らくやう)の東(ひがし)を去(さ)る事(こと)。五千 余里(より)国主(こくしゆ)は平壌(へいじやく)に居城(きよじやう)を構(かま)ふとなり。今(いま)に