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く都(みやこ)をうつせとの御 ̄ン誥げたしかなりと云(いふ)。こゝによりて扶余王(ふよわう)もその教(おしへ)にしたが
つて。つひに彼所(かしこ)に都(みやこ)を遷(うつ)したれは扶余(ふよ)の旧都(きうと)には。何(なに)ともなく人(ひと)あつて出来(いてきた)
り自(みつか)ら天帝(てんてい)の子(こ)と名乗(なの)り。其名(そのな)を解慕漱(かいほそう)と云(い)へりしが。此所(このところ)をしたかへて自(し)
然(ぜん)に爰(こゝ)の君(きみ)となる。東扶餘(とうふよ)の解夫婁(かいふろ)薨(かう)ずるに及(およ)んで。金蛙(きんあ)これが嗣(つぎ)とな
る金蛙(きんあ)ある時(とき)出(いで)て遊(あそ)ぶに。大白山(たいはくさん)の南(なん)優渤水(ゆうぼつすい)と云所(いふところ)にて一人の女子(によし)を得(え)る。
金蛙(きんあ)は女(おんな)に対(たい)して。你(なんぢ)はこれ如何(いか)なる者(もの)の女(め)なるぞと問(とひ)ければ。女(おんな)こたへて我(われ)はもと
河伯(かはく)の女(むすめ)其名(そのな)を柳花(りうくわ)【桺は柳の本字】と云(い)へり。或時(あるとき)諸弟(しよてい)と出(いで)遊(あそ)ふに解慕漱(かいほそう)と云(い[へ])る者(もの)の。我(われ)
を誘(あさむ)き熊心山下(ゆうしんさんか)鴨緑室(あふりよくしつ)の中(うち)に入(いり)て。我(われ)とともに私(わたくし)す彼者(かのもの)其後(そのゝち)再(ふたゝ)び來(きた)らず。
何(いづ)くとも行方(ゆきがた)なし。父母(ふぼ)我媒(わかなかたち)なふして人(ひと)にしたがふ罪(つみ)を悪(にく)んで。遂(つひ)に爰(こゝ)には
なかされたりと語(かた)るを。金蛙(きんあ)是(これ)を異(こと)なることゝ思(おも)ひければ。彼(かれ)をとらへて家(いへ)に