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コレクション: コレクション1

BnF. Département des manuscrits. Japonais 190-191 - 翻刻

BnF. Département des manuscrits. Japonais 190-191 - ページ 98

ページ: 98

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兵(へい)をあげて討(うた)しめ給ふ。此時(このとき)に契苾何力(けいひつかりよく)先鋒(せんほう)なり平壌城(へいしやくしやう)に押(おし)よせた り李世勣(りせいせき)が兵(へい)これに続(つゞ)ひて打入(うちいり)しが遂(つひ)に。高勾麗王(かうこうらいわう)宝蔵(はうさう)を獲(とりこ)となす 男建(なんけん)は事(こと)急(きふ)にのぞんて。自殺(しさつ)すれども未(いま)だ死(し)するに及(およ)ばざるを李世勣(りせいせき)が 軍(くん)に執(とら)へらる王(わう)宝蔵(はうさう)か子(こ)の。福男(ふくなん)徳男(とくなん)其外(そのほか)大臣(たいじん)男建(なんけん)等(ら)二十 余万(よまん)をこ と〳〵く獲(とりこ)として唐朝(たうてう)にかへりけり。寔(まこと)に唐(たう)の高宗(かうそう)中材(ちうさい)の人(ひと)にして最(もつと)も太(たい) 宗(そう)に及(およ)ぶべきにはあらず。李世勣(りせいせき)又(また)壮年(さうねん)の武略(ぶりやく)愚(おろか)にして老後(らうこ)に勇気(ゆうき)の 益(まさ)れるにはあらざれども時運(しうん)の至(いた)ると至(いた)らざる所(ところ)の有(ある)ゆゑとこそ聞(きこ)え けれ高勾麗(かうこうらい)の始祖(しそ)。東明王(とうめいわう)漢元帝(かんのけんてい)建昭元年(けんせうぐわんねん)甲申(きのへさる)に卒本扶余(そつほんふよ)に 都(みやこ)を定(さだ)め。瑠璃王(るりわう)が癸亥年(きがいのとし)都(みやこ)を国内城(こくないしやう)に移(うつ)し。其後(そのご)丸都(くわんと)平壌(へ[い]しやく)長安(ちやうあん) 城(しやう)等(とう)の所々(しよ〳〵)に都(みやこ)を定(さだ)む。爰(こゝ)に於(おゐ)て唐(たう)の高宗(かうそう)捴章元年(さうしやうくわんねん)にして。高勾麗(かうこうり)