東京学芸大学「学びと遊びの歴史」を翻刻!

コレクション: 学校教材発掘プロジェクト 5 江戸名所図会

江戸名所図会 20巻 巻之3 - 翻刻

江戸名所図会 20巻 巻之3 - ページ 21

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【右丁】 愛宕山(あたこさん)円福寺(ゑんふくし)毘沙門(ひしやもん)の使(つかひ)は毎歳(まいとし)正月 三日に修行す女坂(おんなさか)の上愛宕やといへる 茗肆(みつちやや)のあるし旧例(きうれい)にてこれを勤(つと)む この日/寺主(ししゆ)を始とし支院(しゐん)よりも 出頭(しゆつとう)して其次第により座(さ)を儲(まう)け 強飯(ごうはん)を饗(きやう)す半(なかは)に至る頃此/毘沙門(ひしやもん) の使と称する者/麻(あさ)上下を着(ちやく)し 長き太刀を佩(はき)雷槌(すりき)を差/添(そえ)又 大なる飯(いゐ)かいを杖(つえ)に突(つき)初春(はつはる)の 飾(かさ)り物にて兜(かふと)を造(つく)り是を冠(かむ)る 相/随(したか)ふもの三人共に本殿(ほんてん)より 男坂を下り円福寺(ゑんふくし) に入て此席(このせき)に至り 俎机(まないた)によりて彳(たゝすみ) 飯(いゐ)かいをもて三度 魚板(まないた)をつきなら して曰  まかり出たる  者は毘沙門天の  御使/院家(ゐんけ)役者(やくしや)  をはしめ寺中の  面々(めん〳〵)長屋(なかや)の  所化とも勝手の 【図】 【左丁】  諸役人に  至る迄  新参(しんさん)は  九杯(くはい)古(こ)  参は七杯  御/飲(の)みや  れ〳〵  おのみや  らんに  よつては此  杓子(しやくし)を以て  御まねき申か  返答(へんたう)はいかんといふ  時/其(その)一﨟(いちらう)たる  もの答て曰/吉礼(きちれい)  の通りみなたへふ  するにて候へと  云々しからは  毘沙門の使は  罷帰るて御座  あるといひて  本殿へ   立返る 【図】