翻刻
/一々何(いち〳〵なに)やら/講釈付(こうしやくつき)にて/頻(しき)りに/并(なら)べる/枕双紙(まくらざうし)をお/艶(えん)が/前(まへ)へ/突付置(つきつけおき)《割書:甚|》「モシお/小用所(こようしよ)はあれで御座いましたツけねト/云(いひ)つゝ/立(たつ)て/縁頬(えんがは)の/障子(しやうじ)を
/明(あけ)て/外(そと)へ/出用所(いでようじよ)へ/往(ゆき)たるふりをしてお艶が/容子(やうす)を/窺(うかゞ)ふにお艶は/外(ほか)に/人(ひと)
なければ/双紙(さうし)に見入て所々/面白(おもしろ)さうな所があれば/書入(かきいれ)などよみて見るに
何れの所も大よがりのやりくりこんたんなりければ/思(おも)はず/濡(ぬ)るゝ/禮股(うちもゝ)にふつと
/溜息(ためいき)つく様子を甚介は見てとりて/厠(かわや)を/出来(いでき)しふりにもてなし元の
所へ来て/居(すは)り《割書:甚|》「いかゞで御座います/些(ちつと)は/御意(ぎよい)に/協(かなつ)たのが御座います
かト云れてお艶は本を置「ヲホゝゝ/誠(まこと)に/綺麗(きれい)にかいて在ねへお/蔭(かげ)で
目に/保養(ほよう)をさせました《割書:甚|》「是/御覧(ごろう)じまし/此図(このづ)なんぞは/夫(それ)と見へないで
/居(ゐ)て/何処(どこ)となく/気(き)の/悪(わる)い様(やう)に/出来(でき)て居るのでは/御座(ござ)いませんかト/本(ほん)を
/廣(ひろ)げて見せながらお/艶(えん)が/傍(そば)へ/摺寄(すりよつ)て「まだ〳〵/此処(こゝ)よりか/此一丁(このいつてう)の/二人(ふたり)が
よく/出来(でき)て/居(を)りますしかし/画(ゑ)に/書(かい)たのは/男(をとこ)のも/女(をんな)のも/餘(あんま)り/何(なに)かゞ/大(おほ)き
/過(すぎ)て/成(なり)ませんが/彼様(かう)かゝないと/何様(どう)も/見立(みたて)がないそうで/御座(ござ)いますト本
を/見(み)するに/事(こと)よせてじりり〳〵と/前(まへ)へ/出(いで)お艶が/膝頭(ひざがしら)をひつたり/突(つき)
/付推(つけおし)て見るにそしらぬ/顏(かほ)して/身動(みうご)きせねば/甚介(じんすけ)はまう/占(しめ)たと/思(おも)ひ
ながらもうたぐつて/猶(なほ)うつかりと/手出(てだ)しをせず《割書:甚|》「貴女(あなた)なんぞはまうさつ
ぱりとこんな/味(あぢ)は/忘(わす)れてお/仕舞被成(しまいなさい)ましたらうねへ女といふものは/慎(つゝしみ)
の/深(ふか)いものだが/男(をとこ)には/中(なか)〳〵此事ばかりは/我慢(がまん)いたす事は/出来(でき)ません