翻刻
【右ページ上段】
門脇(かどわき)中納言/教盛(のりもり)は清盛(きよもり)入
道の弟(おとゝ)にて三位/通盛(みちもり)能登守(のとのかみ)
教経(のりつね)等(ら)の父なり武(ぶ)に猛(たけ)き人にて
平家の一門/都(みやこ)を落(おち)て後(のち)も備中
国/下道郡(しもみちこおり)の野(の)に五百/余騎(よき)にて備(そな)
へし所四国九州の軍勢(ぐんぜい)源氏に心を
通(つう)じ二千/余騎(よき)教盛(のりもり)の備(そなへ)を取か
こみて攻(せめ)けれとも事ともせず悉(こと〴〵く)おひ
拂(はら)ひ勇(ゆう)を震(ふるい)て淡路冠者(あはぢのくわんしや)掃部(かもりの)
冠者といふ二人のつはものを打取り
子息(しそく)通盛教経と一所になりて
再(ふたゝ)び主上(しゆぜう)を都(みやこ)へ還幸(くわんこう)の事を計(はか)る
にその憲證(けんしやう)として正二位大納言
を送(おく)り給ひければ教盛/西海(さいかい)の波(なみ)
路(ぢ)行衛(ゆくゑ)さだめがたき夢(ゆめ)の世(よ)に此/昇(しやう)
進(しん)も又/夢(ゆめ)なりと此哥を詠(えい)じて位(ゐ)
階(かい)を御/辞退(じたい)申上て世をはかなみ
亞相(あしやう)にはなり給はず恩義(おんぎ)に一命(めい)を
捨(すて)て後(のち)の世(よ)に名(な)をのこしぬ
【右ページ下段】
平教盛(たひらののりもり)
今日(けふ)までも
あれば
ある
かの
世(よ)の
中に
夢(ゆめ)の
うちにも
ゆめを見る
かな
【左ページ上段】
新(しん)中納言/知盛(とももり)は入道/清盛(きよもり)の三
男にて一門第一の武勇(ぶゆう)の人なり元暦(げんりやく)
元年十月 屋嶋(やしま)にありて四方を
詠(なが)めしに蒼海漫々(そうかいまん〳〵)として眠(ねぶり)を
おどろかし夜半(よは)の月 明々(めい〳〵)として水に
うつる影(かげ)鎧(よろひ)の袖(そで)をてらし浦吹(うらふく)風(かぜ)に
磯(いそ)こす波高(なみたか)く行通(ゆきか)ふ舟(ふね)もまれ
に月日 程(ほど)ふるにつけても都(みやこ)こひしくおぼ
して此歌はよめり斯(かく)て屋嶋(やしま)の船軍(ふないくさ)
いまだ戦(たゝかひ)なかばなるに阿波民部大(あはのみんぶのた)
輔(いふ)成良(なりよし)心 変(へん)ぜしかば味方 利運(りうん)
なきをしりて人々に生害(せうがい)をすゝめ舟(ふな)
掃除(さうじ)をせさせ覚悟(かくご)の折から二位
の尼(あま)ぎみ先帝(せんてい)を抱(いだ)き奉りて入(じゆ)
水(すい)ありしかば知盛(とももり)今は心 安(やす)しとうち
笑(えみ)門脇(かどわき)教盛(のりもり)と目くばせして二
人とも鎧(よろひ)ぬぎ捨(すて)腹(はら)一文字にかき
切り海中(かいちう)へまろび入その勇名(ゆうめい)を
後(のち)の世にのこしぬ
【左ページ下段】
平知盛(たひらのとももり)
住馴(すみなれ)れし都(みやこ)の
かたは
よそ
なが
ら
袖(そで)に
波(なみ)
こす磯(いそ)の松風(まつかぜ)