翻刻
【右ページ上段】
本(ほん)三位中将/重衡(しげひら)は大政(だいぜう)入道(にうだう)
清盛の四男にて生質(せいしつ)優美(ゆうび)に
して智(ち)勇(ゆう)備(そなは)り詩歌(しいか)管弦(くわんげん)に
高聞(かうぶん)せし人也此歌は都落(みやこおち)の節(せつ)北(きた)
野(の)の社(やしろ)へ参詣(さんけい)して今/斯(かく)九重(こゝのへ)を捨(すて)て
遠(とほ)き波路(なみぢ)に赴(おもむ)く此かなしみを神も昔(むかし)
に思ひしもましまさんとなげきてよみし也
後(のち)重衡は運(うん)拙(つたな)く捕(とらは)れとなりて鎌(かま)
倉(くら)に下りしかども源(げん)二位ことのほかいた
はり心を慰(なぐさ)めんため美女(びぢよ)をあまた
附(つけ)おかるゝその中に容儀(ようぎ)勝(すぐ)れし手(て)
越(こし)の千寿(せんじゆ)を昼夜(ちうや)側(そば)におかれ
けれども糸竹(しちく)朗詠(ろうえい)のほか更(さら)に心を
うごかさず旦夕(たんせき)に死(し)を待(まち)て仏名(ぶつめう)
を唱(とな)へ後(のち)南都(なんと)へわたされ最期(さいご)の
みぎり西の方へ時鳥(ほとゝぎす)の啼(なき)ゆき
ければ
〽おもうことかたり合(あは)せん時鳥
実(げ)にうれしくも西(にし)へゆくかな
【右ページ下段】
平(たひらの)重衡(しげひら)
住(すみ)みなれし
古(ふる)き
都(みやこ)
の
こひ
しさは
神(かみ)も昔(むかし)に
おもひしる
らめ
【左ページ上段】
後藤兵衛守長(ごとうびやうゑもりなが)は平家の郎等(らうどう)に
て中将 重衡(しげひら)心づけて召仕(めしつか)ひ給ふある
時重衡 卯花(うのはな)に時鳥(ほととぎす)をかきたる扇(あふぎ)の
地紙(ぢがみ)を取(とり)出し是を張(はり)てまゐらせよと
あれば守長 承(うけたま)はりていそぎはりける
に分廻(ぶんまは)しをあしく充(あて)て時鳥の画(ゑ)の中
を切りけること深(ふか)く尾(を)とはねのみあら
はに見えければ守長 誤(あやまり)しぬと思
へども取(とり)かへべき地紙(ぢがみ)なければ詮(せん)かた
なく是を仕立(したて)てまゐらするに重衡(しげひら)
しらずして参内(さんだい)し御前(ごぜん)にて其あふ
ぎを遣(つか)ひければ帝(みかど)叡覧(えいらん)ありて無念(むねん)
にも名鳥(めいてう)に疵(きず)をつけけるものかなと笑(わら)
はせ給へば重衡 恥(はぢ)おそれ退出(たいしゆつ)して守
長を召(めし)よせことのほか折檻(せつかん)ありけ
れば恐(おそ)れおのゝきとかくして此歌を進(まゐ)ら
するに後(のち)重衡此よしを奏(そう)するにこと
のほか御感(ぎよかん)ありければ後藤(ごとう)が誉(ほまれ)
とはなりぬ誤(あやまち)の功名(こうめう)とは是なるべし
【左ページ下段】
後藤守長(ごとうもりなが)
五月闇(さつきやみ)
くら
はし
山の
時鳥(ほとゝぎす)
すがたを人に
見するもの
かは