東京学芸大学「学びと遊びの歴史」を翻刻!

コレクション: コレクション 1

續英雄百人一首 - 翻刻

續英雄百人一首 - ページ 13

ページ: 13

翻刻

【右ページ上段】 弁慶(べんけい)は熊野(くまの)の別当(べつたう)湛玄(たんげん)の子にして 胎内(たいない)十八ヶ月目に出生(しゆつせう)す義経(よしつね)にした がひて無(む)二の忠臣なり学文(がくもん)に秀(ひいで) 能(のう) 書(じよ)の聞(きこへ)あり判官(はうぐわん)かま倉(くら)どのと不和(ふわ) になり北国(ほくこく)へ落(おち)給ふ時弁慶御 使(つかひ)して北(きた) の方 卿(けう)の君(きみ)の方(かた)へ参(まゐ)りしに卿(けう)の宮かこちて 〽つらからばわれも心のかはれかし   などうき人のこひしかるらん 此歌を聞(きゝ)て弁慶あはれを催(もよほ)し見捨(みすて) がたく女性(によせう)をも山 伏(ぶし)の姿(すがた)にやつし種々(しゆ々) いたはりかしづき遠(とは)き旅路(たびぢ)にともなひしは 武(ぶ)に猛(たけ)きに引かへて情(なさけ)ある心といふへし斯(かく) て主従(しゆう〴〵)十 余(よ)人 諸所(しよ〳〵)の苦難(くなん)をのがれ 漸々(やう〳〵)越後(ゑちご)の岩戸の崎(さき)といふ所につきて 海人(あま)のかちめといふもの取(とる)を見て北の方 〽よもの海浪(うみなみ)のよる〳〵きつれ   ども今ぞまことのうきめをぞ見る 此歌心よからずと弁慶(べんけい)返(かへ)しに 浦(うら)づたへの歌はよみしとなん 【右ページ下段】  武蔵坊弁慶(むさしばうべんけい) 浦(うら)づたへ波(なみ)の よる〳〵きつれ ども今ぞ はじ めて よきめをぞ      見る 【左丁上段】 義氏(よしうぢ)は清和(せいわ)源氏 式部大輔(しきぶのたいふ)義国(よしくに) より四代 足利(あしかゞ)上総介(かづさのすけ)義兼(よしかね)の二男にて 智勇(ちゆう)をかねたる大将なり父(ちゝ)義兼は頼(より) 朝(とも)公と連壻(あひむこ)にて北条(ほうでう)一 家(げ)ともあた しみ深(ふか)し足利一 類(るい)は和田 合戦(かつせん)にも 北条(ほうでう)の味方(みかた)にして由井(ゆゐ)が浜(はま)の軍(いくさ) に朝比奈(あさひなの)三郎とわたり合(あひ)力戦(りきせん)せしか ども義秀(よしひで)は死傑(しけつ)の者(もの)と悟(さと)りてその 場(ば)を避(さけ)諸所(しよ〳〵)の戦功(せんこう)人のしるところ也 又 承久(しやうきう)の乱(らん)には東海(とうかい)の先(さき)として 宇治(うぢ)をわたして軍利(ぐんり)あり且(かつ)頼家(よりいへ) 実朝(さねとも)ほろび給ひし後(のち)は足利(あしかゞ)のみは 八 幡(まん)どのゝ後胤(こういん)なりと北条家(ほうでうけ)にも 尊敬(そんきやう)することひとかたならず北条は 源家(げんけ)の被官(ひくわん)なれども足利(あしかゞ)は源家 の正統(せうとう)なりと重(おも)んずる者(もの)多(おほ)しゆゑ に義氏(よしうぢ)より四代の後(のち)尊氏(たかうぢ)天下の 権(けん)をとり正成(まさしげ)義貞(よしさだ)の上に立こと この謂(いひ)なりとかや 【左丁下段】  武蔵前司(むさしのぜんじ)義氏(よしうぢ) 霰(あられ)ふる  雲(くも)の 通路(かよひぢ)  風(かぜ)   さえて  乙女(おとめ)のかざし   玉(たま)ぞみだるゝ